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2006年6月10日

中国、信仰者の声に動く?

 中国で映画『ダ・ヴィンチ・コード』が上映開始から3週間で中止となった。理由は、国内のカトリック信者から反対が多いからというもののようだが、にわかには信じられない。共産党独裁の社会主義国で、いったん政府が承認した興行が国民の要望で中止されるということになれば、同じ国民の要望が強ければ、承認されていない興行を認めない理由がなくなってしまうからだ。10日の『日本経済新聞』は、上映中止の「理由は不明」としている。が、続いて「中国カトリック愛国会など宗教団体が“内容がカトリックを冒涜している”などと上映禁止を呼びかけており、政府がそうした声に配慮したとの見方が出ている」と書いて、政府が国民の一部の要望を容れたとの見方を臭わせている。
 
 5月7日の本欄でも書いたが、ローマ・カトリック教会は現在、中国政府とは対立関係にある。その理由の一つは、中国政府が最近ヴァチカンに無断で、自分の支配下にある中国カトリック愛国会の司教を何人も任命したからだ。また、中国には「愛国会」の傘下に入らずにヴァチカンに忠誠を誓うカトリック教徒が“地下組織”として活動しており、その数は400万から1200万人と言われている。5月25日の本欄でも触れたが、この映画に対して、ローマ・カトリック教会は公開早々から信者にボイコットを勧め、また主としてアジアの教会指導者が強い不快感を表明してきたし、インドではハンガーストライキさえ行われた。だから、キリスト教徒の反対が理由で上映を中止するなら、そもそも上映を許可したこと自体、説明がつかない。「試しに許可してみたが、反対が大きすぎたからやめた」というのだろうか? 中国政府は、外国映画の輸入にいつからそんなに不用意になり、また国民に対していつからそんなに弱腰になったのかと思う。
 
 10~11日付の『ヘラルド・トリビューン』紙は、北京のジョセフ・カーン(Joseph Kahn)記者の記事の中で、この決定は中国のカトリック指導者たちと国営の映画配給会社の間の政治的妥協によるもの、という見方を書いている。「愛国会」は、ヴァチカンの影響下にある地下教会組織との間で競争関係にあるため、カトリック教徒の神経を逆撫でするような映画には反対せざるを得ない。一方、配給会社は高い金を払ってハリウッド映画を輸入したのだから、それなりの利益を得ないうちに教会側の要望を呑むわけにいかない。そこで、22日間の興行で1億元(1300万ドル)以上の収入を得たところで“手を打った”というわけだ。この成績は、今年中国で公開されたどの映画をも上回っているという。
 
 私は、上掲の記事を読んで、もう一つの配慮が今回の決定の背後にあると感じた。それは、中国政府が「社会不安」を未然に防ごうとして動いた、ということだ。映画『ダ・ヴィンチ・コード』は、5月19日に全世界同時に公開された。その後、すぐにヴァチカンから映画ボイコットの支持が出され、対抗する「愛国会」も映画反対の意思表明を行った。そのうちに、地方のカトリック信者による反対デモなども起こってきて、一部では「上映館を燃やす」との過激な意見まで表明されるようになったという。こういう自発的な運動の盛り上がりを、中国政府は最も恐れたのではないだろうか。宗教の信者による政府への抵抗は、彼らは「法輪功事件」で苦い経験をしている。今回は、そうならない前に手を打って上映中止に持ち込んだ。しかも、興行収入はしっかりと手にしている。「臆病」というべきか、「お見事」と言うべきか……。

 この結果は、しかし中国の民主化にとっては一つの進歩なのかもしれない。なぜなら、(もし私の上記の推理が正しければ)カトリック信者の反対運動が実際に政府を動かしたということになるからだ。徐々にではあるが、中国社会は経済だけでなく、こういう面でも変化しつつあるのだろう。
 
谷口 雅宣

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