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2006年5月30日

シカ肉を食べる

 人間は、自然界にある「食物連鎖」の“頂点”にあると言われることがある。が、よく考えてみると、“頂点近く”にあることは確かだろうが、少なくともまだ本当の意味で“頂点”には立っていないと思う。なぜなら、人間が食べたり利用しない生物種の数はまだまだ多いからだ。にもかかわらず、毎年多くの生物種が絶滅危惧種として指定される。その一方で、数が増えすぎる生物もある。この一見矛盾した現象の背後には、ある生物種の絶滅が起こると、絶滅した生物種のいた所で、食物連鎖が欠け落ちてしまうことがあるのだろう。

 例えば、植物Aを昆虫Bが食し、昆虫BをトカゲCが食べ、トカゲCを鳥Dが捕獲し、鳥Dを猛禽Eが捕らえるという連鎖の関係があったとする。この場合、人間が鳥Dを捕獲しすぎて絶滅寸前の状態に追いやってしまうと、この系統の食物連鎖は「トカゲC」のところで切れる。自然界では普通、鳥Dがいなくなっても別の鳥がその代わりをするのだが、鳥類全体の数が減ってきてしまうと、鳥Dの代わりがいなくなって、連鎖は断ち切られてしまう。その結果は、どうなるか? 恐らく「トカゲC」が大量発生することになるだろう。

 トカゲCが大量発生すると、このトカゲは昆虫Bを食い尽くしてしまい、さらに昆虫Bの近種である別の昆虫を捕食するなどして、自然界のバランスを変えていく。それが人間にとって好ましくない結果--例えば、益虫の絶滅による害虫の発生--につながることも十分あるだろう。こんな事態を解決するためには、絶滅危惧種である「鳥D」を人工的にでも殖やして自然に還すのが真っ当な方法だ。しかし、それができない場合は、トカゲCを人間の力で減らす以外に方法はないかもしれない。

 私がなぜ、こんな面倒な話をしているかというと、現在日本の野山で問題になっている「シカの増殖」への対策を考えるためだ。5月26日の『朝日新聞』夕刊には、世界自然遺産となった北海道・知床の自然を守るためにオオカミを移入することが提案されている、と報じられている。知床には殖えたエゾシカが最低1万頭はいて、森の木々を枯らし、植生を荒らしているから、この伝統的な“天敵”の導入が検討されているのだ。アメリカのイエローストーン国立公園では、エルク・オオシカを減らすなどの目的で行われたオオカミの導入が成功したことから、この提案が行われたそうだ。この例では、10年間でシカが1万7千頭から1万頭以下に減り、河畔林が回復し始め、野鳥やビーバーも殖えたという。

 ところで、同じ悩みをもつ東京都奥多摩町では、こんなドラスティックな対策は実施できないため、人間がオオカミの役割をすることを選んだようだ。すなわち、人間がシカを捕獲して観光資源にするのである。今日(5月30日)の『日本経済新聞』によると、同町ではシカ肉料理を特産品として売り込むために建設していた食肉加工施設が同町留浦に完成して、明日から稼動するという。東京都の特定鳥獣保護管理計画にもとづいて今年度は200頭程度のシカを捕獲、この施設で解体処理、真空パック包装し、1キロ2000~5000円で販売する予定とか。それを約30軒ある同町の民宿や旅館、飲食店に優先的に使ってもらうらしい。

 石原都知事もこの計画に肯定的で、26日の記者会見でこう言ったと、『朝日新聞』(30日)に書いてある--「公害利用じゃないけども、それをどういう風に利用するかということは土地の知恵でね、まあそういう試みがうまく宣伝されたら、多くの国民が、それじゃ三多摩へ行ってシカ料理を食べるかと。日本の料理の技術は上だからね。特に東京は優れていますからね、いいシェフを招いてレシピつくってもらったら名物になるんじゃないの」。

 これでは「害獣は徹底して利用すればいい」というように聞こえる。冒頭にも書いたように、自然界には“害虫”や“害鳥”や“害獣”など存在しないし、もちろん“公害”もない。すべては食物連鎖の中で栄養素を循環させているのだ。もし“害獣”がいるとしたら、その連鎖の流れを断ち切るもののことで、それをしているのは我々人間なのである。そのおかげで人間は、生物に対する「愛」や「哀れみの心」をもちながらも、それを自ら押し殺してオオカミやクマの役割を果たそうとしているのだ。そういう自覚をもつのと「害獣は肉にして食べればよろしい」という意識とでは、少し違いがあると思う。
 
谷口 雅宣

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コメント

 私は、若いころから、谷口雅春先生の御本が好きで、購入できうるかぎり全巻そろえ、折にふれて読ませていただいています。
 宗教関係の書物はたくさんよみましたが、肉食禁止の教えを説いている宗教は現在も成長の家しかないのではないでしょうか。
 最近もキリスト教牧師夫妻に自説をのべたのですが、やはり一笑に付されただけでした。
そんな訳で、現在もなんとなく成長の家には親しみを感じています。
 今回「小閑雑感」を読ませていただき、何かご紹介できることが自分にもあるのでは、とふと思い投稿する気になりました。
 それは森のこと。クマのことです。
 わたしもつい最近6冊ほど読んだだけですが、環境考古学を日本ではじめて確立した安田喜憲氏の研究、その行き着いた哲学、思想です。世界中の地層をボーリングして、1万年2万年でもさかのぼり、花粉からその当時の気候、動物の生態、植物の植生、がわかるという研究です。
「『森と文明の物語』――環境考古学は語る」、「森を守る文明 支配する文明」などタイトルが示しているような内容の本です。批判的なかたもいますが、傾聴にあたいする、研究です。
 それからクマについてですが、クマについての認識が、「シカ肉を食べる」2006年5月30日 から一部引用「自ら押し殺してオオカミやクマの役割を果たそうとしているのだ」というところでは、クマが新聞で報道されている人身事故をおこす凶暴な生き物ととらえられている感じがします。九州では全滅、四国でもわずか。どんどん絶滅に近づいているクマにたいする表現としては不適切な感じがしました。
「家族になった10頭のクマ」宮澤 正義著 (約20年間にわたり10頭のツキノワグマと暮らした日々を綴った感動のノンフィクション。絶滅寸前のツキノワグマの生態や習性を解明し、生物多様性が失われつつある今、人と動物の真の共生とは何かを問いかける書。
かつて森の王者といわれたクマが、いまや絶滅寸前。そのツキノワグマと約20年間にわたって、家族として暮らした著者からの「命」にまつわる物語です。地球上の生物多様性が猛スピードで失われているいま、人間と野生動物の「真の共存」について伝えます。)
 オオカミ移入も、日本にほんとうにオオカミがいたのか、確証がないというかたもいます。野生化した犬であったと。家畜がいないところではともかく、アメリカでは徹底的に捕獲し絶滅させたという、ことをかつて放映していたと思います。ツキノワグマはほぼベジタリアンですのに。完全な肉食獣を放ってどうしょうというのでしょう。なんだかロマンを語るようにいうひとがいますが、原発とおなじく予知せぬ結果がおきたときだれが責任をとるのでしょう。いずれにしても祖先たちが徹底して憎しみほろぼしたのはまちがいありませんから。
 最後に日本熊森協会をご紹介します。いろんな考えかたがあって当然ですが、クマを中心とした野生動物の保護、豊かな森を守るため熱心に活動している自然保護団体です。
 

投稿: 金魚っ子 | 2011年4月25日 03:21

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