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2006年4月27日

東京都が省エネ都市?

 石油など資源の使用を抑制する「省エネルギー型都市」へと、東京都が転換しようというらしい。近く公表される『都環境白書2006』にその構想が盛られている、と27日の『産経新聞』が伝えている。「それはいいことだ」と思ったが、「しかし……」と考えざるを得なかった。なぜなら、「省エネ」と「大都市」とは互いに相容れない概念だと思うからだ。

 都の問題意識は、理解できる。例えば、記事にもあるように、東京都の平均気温は100年間で3℃上昇し、昨夏の真夏日は史上最多の「70日」を記録し、いわゆる“ヒートアイランド現象”が深刻だからだ。『白書』では、2030年には都市人口が世界人口の6割に達すると予想し、都市での環境対策が地球環境を左右すると指摘しているらしい。だから、都市を省エネ化しなければならないというわけだ。「都市化を避ける」のではなく、「都市の拡大」を前提に省エネ化を図るらしい。

『白書』がまだ出ていないので断定はできないが、ここでは「一人当たりのエネルギー消費量」を下げることを「省エネ」と呼んでいるようだ。この数値は、都がロンドンとほぼ同じだが、ニューヨークは東京の2倍強もある、と都は分析している。この計算の根拠は何だろう? 私が想像するに、ニューヨークの値が高いのは多分“摩天楼”のせいだ。超高層ビルは水槽をビルの屋上に置いている場合、強力なモーターを使って水を高層へ上げるために、電気を多く使うことになる。また、エレベーターを動かすモーターも、ビルの高さに応じた強力なものが必要になる。これに冷暖房のことを考えると、高層ビルが多ければ多いほど、都市のエネルギー消費量は増えることになるだろう。ただし、ここでの数値は「一人当たり」のエネルギー消費量だから、同じ構造と高さのビルが2棟あったら、そこで働き、あるいは居住する人の数が多い方が“省エネ”ということになる。

 ここで、日本とアメリカの文化的差異が出てくるのではないか。日本の事務所は、大部屋に大人数を収容しているケースが多く、アメリカの場合は、小部屋に少人数、あるいは役員などは個室を広々と使う傾向がある。だから、同じ構造と高さのビルであっても、東京のビルの方がニューヨークよりも多くの人を収容している可能性が高い。したがって“省エネ型”ということか? しかし、ロンドンと東京の“省エネ度”がほぼ同じというのは、よく分からない。
 
 上記の『産経』の記事には、この省エネ作戦が2016年のオリンピック誘致と関係があるように書いてある。つまり、「シドニー五輪以降、環境にやさしい五輪の考え方が、候補地選考の重要な要素になっている」というのである。五輪誘致には、すでに福岡市が名乗りを上げているし、2012年開催地のロンドンもCO2削減の野心的な目標(2050年までに2000年比6割減)を掲げているから、これらとの対抗上、スタイルとして“省エネ”を掲げる必要があるということかもしれない。
 
 現在の都のオリンピックの構想では、都心部から半径10キロ圏内に大半の競技場と関連施設を設ける「世界一コンパクトな五輪」を目指しているという。具体的には、中央区の晴海埠頭の都有地にメイン会場として8万人規模のスタジアムを建設し、選手村を江東区の有明地区に定め、プレスセンターなど関連施設を中央区の築地地区に構えるなど、開発途中の臨海部に集中的に施設を造る計画だ。
 
 そこで私は疑問に思う……そういう大規模施設を次々と建設する過程で長期にわたって排出される大量のCO2と、でき上がった五輪施設を含む“省エネ都市”東京との関係はどうなるのだろう? 工事中に排出した分の温暖化ガスと、新たな大規模施設が“省エネ”する分を比較すれば、前者の方が後者よりも圧倒的に多いと私は思う。石原都知事にはそんな「大向こう受け」を考えるよりも、2016年までに東京の臨海部が温暖化による海面上昇の被害を受けないような、もっと着実な対策を講じてほしいものである。

谷口 雅宣

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コメント

経済の拡大と地球環境は作用と反作用の関係にあると言いましょうか、両方が良くなることはないと思います。
原子力発電により、電力供給は助けられていますが、同時に将来に亘って安全を確保されているかと言えば、課題が多く残されたままですが、私たちは電力の恩恵に与っているという現実があります。
私は家電店を経営していますから、自分の立場から申し上げますが、「2011年の7月24日でアナログ放送が中止され、デジタル放送に切り替わる」ということは家電店にとっては大変都合の良いことです。家電業界にとっても日本経済にとっても内需の拡大による景気浮揚に貢献でき、喜ばしいことであると思います。
メーカーが商品の開発競争、販売競争、シェアー拡大のために血眼になって営業努力することは当然であると思います。
しかし、ふと立ち止まって振り返ったとき、これで良いのかなって考えさせられることもあります。
利便や効率を追求することも悪いことではないが、それだけを追求していたのでは、いずれ行き詰まってしまう。先進国で進行している家庭や学校、社会の荒廃はまさにそうした結果のように思われるのです。
欧米社会での治安悪化、麻薬汚染、学力低下、家庭崩壊・・・。そうした事態を招いた原因は、西洋諸国を支えてきた近代合理主義の破綻にあるように思います。
日本でも今、盛んに言われている実力主義。
組織を構成する者同士で競争させ、有能者は優遇する一方、落ちこぼれはどんどん辞めさせて新しい人材を入れていくというこのやり方を導入すると、組織は繁栄するかもしれません。論理的にも筋が通っています。
しかし、論理だけを突き詰めれば弱肉強食の世界にならざるを得ず、人心は荒れていくと思います。
そこで登場しなければならないのが、情緒と形に支えられた日本文化であると思います。情緒とは「もののあわれ」のような、教育によって育まれる繊細で美的な感受性を意味し、また、形とは精神の形、即ち行動や判断の基準となる道徳や倫理を指します。
競争社会の中にどっぷりと浸かっている自分を反省しながら、先生の教えを学ばせて戴いています。ありがとうございます。

投稿: 太田高明 | 2006年4月28日 21:40

先生の御著書で環境問題に興味が増えました。4月30日の夜NHKスペシャルで先生の紹介されていた、「ツバル」の問題が新しい映像で紹介されます。ぜひこの機会にみんなでこのTVをみて、環境問題をともに考えてみてはいかがでしょうか?ほかにも重慶など、世界の環境問題が紹介されますよ。

投稿: 尾崎伸行 | 2006年4月28日 22:59

太田さん、

>>経済の拡大と地球環境は作用と反作用の関係にあると言いましょうか、両方が良くなることはないと思います。<<

 現在の、化石燃料を基礎とした経済ではそうかもしれませんが、自然エネルギーを適度に利用する経済ならば、環境と経済発展はある程度両立すると思います。

 地球政策研究所のレスター・ブラウン所長は『エコ・エコノミー』という本の中で、そのことを詳しく書いています。また、『環境を守るほど経済は発展する』という本を書いた日本人(倉阪秀史氏)もいます。要は、現在の経済の考え方を見直せばいいのです。

投稿: 谷口 | 2006年4月29日 14:35

感謝

東京都が本当に「省エネ都市」を目指すならば、オリンピックの招致などするべきではないと思います。いや、省エネ都市を目指す目指さない関係なく、オリンピックはどうしてもやりたいという都市、または国にやっていただいたらよいと思うものです。

日本は既に冬季は2度、夏のオリンピックは1度やっております。アジアにはまだオリンピックのやっていない国もありますし、アフリカや南アメリカでは未だ開催されておりません。

五輪は五つの大陸を現しているにも拘らずです。

日本が率先してアフリカ、南アメリカで開催されるように運動をするべきです。

東京都の省エネは抜本的に構想を練り、環境という観点から東京への一極化を防ぐことを考え都市整備をしなければ、省エネは言葉飾りに終わってしまうでしょう。

建物だけではなく、道路に関しても今のような渋滞をがおきているでのは、まさに石油をばら撒いているにすぎないとおもいます。

副総裁先生の理想的な都市「東京」はどのような都市でしょうか?

合掌

投稿: 佐藤克男 | 2006年4月29日 14:48

ありがとうございます。
太陽光発電システム、ハイブリットカーなどは化石燃料の消費を抑え、環境に配慮した製品でありますが、それとて製造段階では大量のエネルギーを消費しています。
資源のない日本は世界に先駆けて自然エネルギーの開発に力を注ぐべきであると思います。
私など現場で感じることですが、商品の梱包に使われている発泡スチロールの利用を半分以下に出来ないものかと思います。
数年前までは割り箸を使わず、マイ箸を持って出かけていましたが、いつの間にやらそれも止めてしまいましたが、環境問題に無関心にならないために、もう一度考え直してみます。

投稿: 太田高明 | 2006年4月29日 19:04

佐藤さん、

>>副総裁先生の理想的な都市「東京」はどのような都市でしょうか? <<

 私は、東京生まれの東京育ちですが、東京を「理想的」だと思ったことはありません。だから、理想像を描いたこともありません。

投稿: 谷口 | 2006年4月30日 17:21

太田さん、

>>資源のない日本は世界に先駆けて自然エネルギーの開発に力を注ぐべきであると思います。<<

 私は「資源のない日本」という呼び方は正しくないと思います。正しくは「石油資源が少ない」とか「稀少金属資源の乏しい」ということではないでしょうか? 今日、どんな国も自然資源が豊かにあるということが立証されつつあるのではないでしょうか。もちろん、私は貴方のご意見に大賛成です。

投稿: 谷口 | 2006年4月30日 17:25

ご指導ありがとうございます。

レスターブラウン所長が「使い捨て経済をリヂュース(削減)リユース(再使用)の経済に置き換える事だ。この地球は使い捨て経済がもたらす汚染やエネルギー消費、採鉱による環境破壊、森林伐採などにもはや耐えられない。ゴミをどうするのかではなく、排出をいかに回避するかである」と言っておられますように、私ども岡崎市においても数年前と比較すれば随分と改善されてまいりました。
家電リサイクル法が施行される前までは酷いもので、該当製品だけでなく多くの使用済み家電製品が最終処分場で埋め立てられていました。
今では廃品回収と言わず、資源回収と言い直しているように、徐々にではありますが、環境への関心は高まっているように見受けられます。
私の住んでいるところは田園地帯であり、この連休でほとんど田植えが終わります。家の前の田植えを終えた田圃ではどこからか鴨が飛んで来て楽しそうに泳いでいます。
無農薬とまでいかなくても減農薬になったのか秋にはバッタも増え、除草剤を使用する人も少なくなりましたから、今年の春は土筆を何回も頂きました。土筆は花粉症に効果があると聞きましたが、どうも本当らしいです。

失礼しました。

投稿: 太田高明 | 2006年4月30日 20:17

合掌 全国大会のご講話、有難うございました。
東京第一教区の相愛会では毎年、壮年対策部が音頭をとって、全国から参加される同志のお迎えとお見送りをしています。
私は壮年対策部のメンバ-ではありませんが、毎年のように出迎えと見送りに加わっています。
その中で気づいたことは、2,3年前から観光バスの排気ガスをほとんど感じなくなったのです。
以前は、駐車場から出て行くバスがひどい排気ガスを噴き出して、私たちはたまらない思いをしたものですが、最近はそれがなくなりました。
これは、石原都知事がディーゼルエンジンから出る黒煙に発ガン成分が含まれることを問題にして、規制した効果が現れたのです。
ですから、私は知事の環境政策のすべてを否定する気にはなりません。もちろん、もっとしっかりやって欲しいという思いは大いにあるのですが……。

投稿: 田原康邦 | 2006年5月 6日 15:43

田原さん、

 ウーム、さすがですね。石原都政の“光明面”を見ておられる……。私も、都のディーゼル規制には感謝しています。

投稿: 谷口 | 2006年5月 6日 23:16

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