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2006年4月16日

皇室制度の議論を深めよう (3)

 さて前回、私は先般の有識者会議の報告には「現在の天皇皇后両陛下と皇太子殿下同妃殿下のお考えが、いくばくかでも反映されているのではないか」との推測があることを書いた。「推測」では誠に畏れ多いことだが、直接訊いてみる手段がないのでどうにも仕方がない。が、現在の天皇皇后両陛下ご自身が、皇室の伝統の一部を変えて来られたという「事実」の意味は大きいと思うのである。すでに述べた「側室の廃止」や「ご家族との同居生活」のことよりも恐らく大きな変化は、皇后陛下が1998年、インドのニューデリーで行われた国際児童図書評議会(IBBY)の大会に、ビデオによってではあるが基調講演を行われ、さらに2002(平成14)年9月下旬、スイスのバーゼルで開かれたIBBY創立50周年大会には、単独で参加されて講演をされたということだ。

 これまでの皇室の伝統では、天皇とは別に皇后が海外で活動をされることはなかったと思う。このことはもちろん今上陛下が事前に同意されたに違いなく、また、次代の雅子妃殿下のお気持をも視野に入れて、皇后陛下が率先して行われたことと推察されるのである。この前年(平成13年)に行われた記者会見で、天皇陛下は「皇族の立場について男女の差異はそれほどないと思います。女性皇族の立場は過去も大切であったし,これからも重要と思います」と述べられている。皇后陛下がスイスから帰られてから、12月には天皇陛下は前立腺ガンと診断されたが、その直後に医師団からの発表となった。こういう透明性は、かつての皇室の伝統には存在しなかったもので、陛下御自身の御発議によらねば実現しなかったと思われる。いずれの場合も、従来の“閉ざされた”皇室の伝統とは異なり、国民に対して“開かれた”態度を御自ら示されようとしている、と拝察できるのである。

 徳仁皇太子殿下も、皇室の透明性の拡大と皇室内部の男女の役割の問題に関しては、明確な意思をお持ちと推察できる。平成14年の7月、徳仁皇太子殿下は愛子様を負ぶっているご自身の映像を公開されている。翌年2月の記者会見で、皇太子殿下は「私自身子供をお風呂に入れたり、散歩に連れて行ったり、あるいは、離乳食をあげることなどを通じて子供との一体感を強く感じます」と述べられ、さらに「父親もできるだけ育児に参加することは、母親の育児の負担を軽くすることのみならず、子供との触れ合いを深める上でとてもよいことだと思います」とコメントされている。「育児に積極的に参加する皇太子像」というのは、日本の皇室の伝統にはない。それを十分御存じでありながら、あえてこう発言される皇太子殿下の御心には、皇室の“新しい伝統”を創出されようとする強い御意志を感じざるを得ないのである。

 さて、このような天皇皇后両陛下、皇太子殿下の“新しい伝統”への御心が、今回の「皇室制度の改革」という政治問題につながっているかどうかの判断は、なかなか難しい。しかし、その可能性は十分あるということを私は、上記のことから感じるのである。今のところ、これは推測にしかすぎない。というのは、今回の有識者会議の報告に対して、皇族の中からも反対意見が出てきているからだ。が、三笠宮殿下の反対意見にもかかわらず、別の皇族の方からは、積極的な女帝論も出たことをここに紹介しておきたい。
 
 それは、平成14年1月に発行された月刊誌『婦人公論』(No.1099)に、当時の皇族では最長老に当られる高松宮妃喜久子さまが寄せられた「めでたさを何にたとへむ」という御文章である。これには「敬宮愛子さまご誕生に想う」という枕詞がついていて、愛子内親王の御誕生のすぐ後に書かれたものである。その中に次のような箇所がある:
 
「ただ、それにつけても、法律関係の責任者の間で慎重に検討して戴かなくてはならないのは、皇室典範の最初の條項を今後どうするかでしょう。女性の皇族が第百二十七代の天皇さまとして御即位遊ばす場合のあり得ること、それを考えておくのは、長い日本の歴史に鑑みて決して不自然なことではないと存じます。古代の推古天皇、持統天皇から江戸時代中期の後櫻町天皇まで、幾人もの女帝がいらしゃいました。外国でなら、英国のエリザベス朝、ヴィクトリア朝のように、女王のもとで国が富み栄えた例もたくさんございます」。(p.135)

「万世一系」の伝統との関係で知っておくべきことは、“伝統護持派”の人々が主張する「男系男子」の皇統継承においても“外国人の血”が混ざる可能性が皆無ではないという点である。それを天皇陛下御自身が「肯定的に」とらえておられるということは、特筆されるべきではないだろうか。天皇陛下は、平成13年12月18日に行われたお誕生日に際しての記者会見で、翌年韓国と共同で開かれるサッカーのワールドカップについて尋ねられたとき、次のように述べられた:(一部省略、全文はここ)

「日本と韓国との人々の間には、古くから深い交流があったことは、日本書紀などに詳しく記されています。韓国から移住した人々や、招へいされた人々によって、様々な文化や技術が伝えられました。宮内庁楽部の楽師の中には、当時の移住者の子孫で、代々楽師を務め、今も折々に雅楽を演奏している人があります。こうした文化や技術が、日本の人々の熱意と韓国の人々の友好的態度によって日本にもたらされたことは、幸いなことだったと思います。日本のその後の発展に、大きく寄与したことと思っています。私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています。武寧王は日本との関係が深く、この時以来、日本に五経博士が代々招へいされるようになりました。また、武寧王の子、聖明王は、日本に仏教を伝えたことで知られております」

 上記の御発言などから考えても、天皇皇后両陛下、皇太子殿下同妃殿下の御心は、単なる伝統墨守ではなく、世間や世界に開かれた“新しい皇室”像へ向われていると拝察されるのである。

谷口 雅宣

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コメント

NPO法人代表・金谷千慧子氏は「女性天皇の誕生は、働く女性にとって間違いなく励みになる」と、ノンフィクション作家・吉永みち子氏は「天皇家が示してきたのは平等な家族像であり、女性が皇位を継承しても夫婦、親子の結びつきようが変わることはない」と語っている。

 また『共同通信』の配信を受けた北海道新聞、中国新聞、熊本日日新聞などの地方紙には、坂東真理子前内閣府男女共同参画局長(現昭和女子大副学長)のコメントが載った。「戦後六十年を過ぎても一般の家庭にもまだ、『跡取りは息子』『女の子にはあまり教育は必要ない』と考えるような『家制度』の残滓がある。皇室が変わることで、こうした意識にもよい変化が出ることを期待する」

 女帝・女系の実現はフェミニズムの最終勝利を完全に保障するものである。それは単に「働く女性の励みになる」とか「国民の意識がフェミニズムに都合のよい方向に変わる」というだけに留まらない。その効果はそのように部分的なものではなく、もっと包括的全面的である。それは女性支配の完全な正当性の獲得であり、まさしくフェミニズムにとって錦の御旗の奪取なのである。

 フェミニストたちは今が彼女・彼らにとっての天王山であることを敏感に感じ取っているのであろう。フェミニズムは「バックラッシユ」に遭遇して行き詰まりを見せ、世間の目も厳しく不利になっている。たとえば、「日本人の幸福感」についての最近のアンケート調査によれば、「最も幸せな日本人像」は「三十代、都会暮らし、専業主婦」である(大阪大学社会経済学研究所筒井義郎教授が行った、『産経新聞』平成十七年十一月十八日付)。

 これだけ専業主婦攻撃をし、「働け」イデオロギーを宣伝してもなおこの結果である。それどころか今や全国的に嫌フェミ現象が現われるている。すでにフェミニズムの後退・凋落傾向が始まっている。この凋落に歯止めをかけるために、絶対的な錦の御旗である女帝・女系天皇を実現しようという作戦である。

 危機にあるフェミニズムにとっては、巻き返しの絶好の機会、これを全面的に利用しない手はないとばかりに、進んで一翼を担っているのであろう。男女共同参画社会基本法に加えて女系天皇制が実現すれば、フェミニズムのクーデターが成功し、長期独裁政権に等しいフェミニズム支配が定着してしまうだろう。

 じつは有識者会議の座長の吉川弘之氏は、かねてよりフェミニズムと密接な関係にあった。「日本学術会議の会長」だったときに、「学術会議叢書 3」として『男女共同参画社会 キーワードはジェンダー』(2001年2月発行)を刊行している。「はじめに」を吉川氏が書き、以下「第一部 ジェンダー」「第二部 新しい社会の男と女」「第三部 男女共同参画社会に向けて」の執筆者には原ひろ子、上野千鶴子、名取はにわ等のフェミニストが並んでいる。

 ロボット工学の専門家である吉川氏は「独立行政法人 産業技術総合研究所理事長」でもある。当然産業界とも関係があるだろうし、フェミニズムを利用した経済界の女性労働力化政策についても賛成していることだろう。この吉川氏を座長とし、フェミニストの重鎮である岩尾寿美子氏や緒方貞子氏を委員に据えた有識者会議は、完全にフェミニズムの主導権の下にあると言わなければならない。
女帝・女系天皇はフェミニズムにとって有利なだけではない。もっと広範な反体制的・反日的な勢力にとってもまた、格好の温床と武器になりうるのである。いやフェミニズムの中にもそうした勢力が浸透しており、フェミニズムを隠れ蓑にしているのである。次のように考えると、その勢力のおおよその輪郭が明らかになる。

 女帝・女系容認派の中には、「天皇制」に反対していた者たちが入っている。女帝を認めるか否かという世論調査の場合に、「天皇制」に賛成か反対かを質問していないので割合は分からないが、女帝容認派の中には「天皇制」反対論者が大量に入りこんでいることは想像に難くない。

 つまり「天皇制」反対派が大挙して女性天皇・女系天皇賛成派になだれ込んで、男女無差別が「今や時代の流れだ」と主張しているのである。このことの意味は大きい。すなわち天皇制反対派にとっては、女帝・女系は都合がよいということを意味しているからである。

 では、彼らにとって女系天皇はどういう意味で都合がいいのか。女系天皇になると天皇の権威が落ちて、皇室の在りようが崩れていくからか。答えはノーである。彼らはそんな悠長なことを考えているのではない。女系への移行の仕方にこそ秘密がある。つまり議論の仕方そのものに罠が仕組まれているのである。

 有識者会議は「国民の支持・理解」をなによりも重んじている。まるで絶対的な大義名分であるかのような扱いである。たとえば、元皇族の皇籍復帰は「国民の理解が得られない」の一言で片づけられてしまう。

皇室典範改正騒ぎは、六十年前にアメリカによって与えられた基本的枠組みの中で起きている。しかしこの騒ぎの直接の仕掛け人は、アメリカであろうか。アメリカは六十年前に大きな縛りを掛けていて、それで一応満足しているはずである。今いそいで改正を迫らなければならない動機を持っているとは思えない。

 では現在の仕掛け人は何者か。それは天皇制を存続させたくない者たちである。彼らが自分たちの破壊思想を実現する道具として、女帝・女系天皇制を利用しているのである。日本の公序良俗を破壊し、家制度を否定し、国民統合の象徴を消滅させたい、こういう者たちが、女帝・女系天皇を最も積極的に推進しているのである。

 このような日本破壊の動機を持っている者と言えば、ただちに思い起こされるのが、近隣の敵対諸国である。そしてこれら敵対国の日本国内における提携勢力である。

 この外国敵対勢力と日本国内で相呼応している勢力のうち重要な役割を果たしているのが、左翼諸政党、クリスチャン左派、フェミニスト、親中国派(およびフェミニズムを利用している)経済人であり、これらは相互に重なり合っている。

 この重なり合いの構図は、たとえば北朝鮮の拉致はないと強弁してきたのが、この連合体の者たちであったことを思い起こせば十分であろう。彼らは北朝鮮への見返りなき食料支援にも熱心であったし、首相の靖国神社参拝にも共同して反対してきた。こうした重なり合いの構図は有識者会議の中にも見られる。それらの勢力が重層的に女帝・女系天皇への移行をきわめて精力的に画策していることだけは確かである。

 女系天皇の推進勢力について述べてきたが、最後に最も重要な役割を果たしている主役について述べなければならない。皇室典範改正の中心にいる主役はもちろん小泉首相その人である。首相が私的諮問機関である「有識者会議」を作らなかったならば、何事も起きなかった。小泉首相が鍵を握っている中心人物であることは間違いない。小泉首相にはもちろん女性を労働力として使おうとする経済界やフェミニスト等から強い圧力がかけられていることは想像に難くない。しかし小泉首相は黒子に操られている単なる傀儡ではないであろう。

 小泉改革の総決算として彼は憲法改正と皇室典範改正を仕上げ、改革宰相として歴史に名を残したいのであろう。しかし改革が成功したと歴史的に評価されるためには高潔な理念と哲学に裏打ちされていなくてはならない。皇室典範に関しては伝統に対する理解においても、天皇制の歴史をめぐる見解においても、小泉氏に一国の宰相としての見識はまったく見られない。小泉氏は政治家としての最後の仕事で、手をつけてはならない聖域に最悪の形で踏み込んでしまった。まだ遅くはない。今のうちに誤りに気づいて、撤回することを心から薦めたい。

投稿: 太田高明 | 2006年4月16日 21:50

合掌

何故「男系天皇」がこのように2,666年もの年月、続けられようとしてきたのか、それを先ずは調査する必要があると思います。

確かに女性天皇は八方十代おられたようですが、すぐに男性天皇に代わられている。何故だったのでしょうか?

現代人の浅薄な考えでは到底計り知れない知恵があるのではないでしょうか。

天皇陛下になられた方は、その方が偉かったからでしょうか?それとも全く罪を犯さない人だったからでしょうか?

年端かもいかない天皇陛下もおられました。明治天皇もそうでした。天皇に即位する最大の条件は男系であるかどうかでした。何故それほどまでして男系天皇にこだわってきたかだと思います。

男系天皇制は今上天皇でさえ、「男系天皇」の伝統を変えるなど、絶対に言えない約束事のようです。

三笠宮寛仁殿下のお言葉は今上天皇陛下のお言葉だと確信するものです。

巷では、今上天皇陛下が小泉首相にこのたびの「皇室典範改正」をお願いしたなどとまことしやかに囁かれてもおりますが、それこそガセネタだと思います。

投稿: 佐藤克男 | 2006年4月16日 22:03

合掌ありがとうございます。

>何故「男系天皇」がこのように2,666年もの年月、続けられようとしてきたのか、それを先ずは調査する必要があると思います。

私もその通りだと思います。
何度も皇統の危機にさらされながらも先人たちが苦労して男系天皇(女性も含む)を継承してきたことに対して敬意を払っていただきたいと思います。長く続いているものには何か理由がありそうだ、と考えるのが自然ではないでしょうか。「今こそ、歴史から学ぼう」です。

2600年以上の日本の歴史からみれば60年は吹けば飛ぶような年月です。そのたった60年の流れで御皇室の存在意義を根底から覆す改革をしていいのか、ということです。「天皇制」廃止論者の思うツボではないでしょうか。
歌舞伎が男性だけで演じられるのと同様だと思います。
男女共同参画の世の中だからといって歌舞伎で女性を認めるようになったら、もうそれは歌舞伎でなくなります。

現実に皇位継承が問題になるのは現在生きている日本人のほとんどがお墓の中に入ってからになります。改革はしていいところと絶対譲れないところがあるのであって、無責任な「改革」は慎むべきです。

石光淑恵 拝

投稿: 石光淑恵 | 2006年4月17日 10:38

石光さん、

>> 「今こそ、歴史から学ぼう」です。<<

 なかなかいいキャッチフレーズですね!(笑)

 歴史的には側室制度が男系男子の天皇の存在を守ってきたという事実があると思うのですが、その場合、「歴史から学ぶ」というのは、どういう意味になりますか?

投稿: 谷口 | 2006年4月17日 12:36

太田さん、

 1つ、お願いがあるのですが……。
 この場所では、巷に流布している議論を再生するのではなく、私の指摘した問題についてコメントしていただきたいのですが……。それに、あまり他人の固有名詞を出して断定的な批判をしないでください。「名誉毀損」の訴訟の対象になりえるからです。

 それとも、貴方は私の言う“伝統護持派”の運動を支援するつもりで書き込んでおられるのですか?

投稿: 谷口 | 2006年4月17日 12:43

>>それとも、貴方は私の言う“伝統護持派”の運動を支援するつもりで書き込んでおられるのですか?

大変失礼いたしました。お詫び申しあげます。
私は皇室を廃絶しようとする動きに対し大いなる危機感を抱いています。

>>「万世一系」の伝統との関係で知っておくべきことは、“伝統護持派”の人々が主張する「男系男子」の皇統継承においても“外国人の血”が混ざる可能性が皆無ではないという点である。それを天皇陛下御自身が「肯定的に」とらえておられるということは、特筆されるべきではないだろうか。

“外国人の血”が混ざることを憂いてはいません。天皇陛下のお言葉や過去の歴史も承知しておりますが男系男子の皇統が崩れ、国体が崩れることを恐れています。

愛子さまが天皇になられても男系です。愛子さまのお子様が男子で天皇になられたときも女系となりますが、その次のお子様が男子で天皇になられた場合は女系とは言わず、直系であるから一般家庭と同じになります。
男系、女系と言わずに先祖を辿れば天皇家に繋がる人は多数を占めると思います。
一般家庭では養子に入っても父権は保たれ家長となりますが、女性天皇の場合、祭祀のことばかりでなく、ご皇室の美しい家族像は浮かんでまいりません。天皇家が日本の家庭の型見本のようにはならないと思います。

投稿: 太田高明 | 2006年4月17日 19:42

先生は
>>三笠宮殿下の反対意見にもかかわらず、別の皇族の方からは、積極的な女帝論も出たことをここに紹介しておきたい。
とお述べになり、高松宮妃喜久子さまが寄せられた「めでたさを何にたとへむ」という御文章を紹介されました。

本来ならば高松宮妃喜久子さまが「めでたさを何にたとへむ」と女帝論を出されたのにもかかわらず、三笠宮殿下は反対意見を出されたと言うべきではないでしょうか?


投稿: 太田高明 | 2006年4月18日 00:28

「男系天皇」の伝統が二千年以上続いた理由を調べるということですが、調べることを別に悪いことだとは思いませんが、書かれている文章を読んでいると、伝統というものを壊してはいけないということが不問の前提のように書いていることが気になります。伝統とは形式であって、形は永遠に続くことはないと思います。よりよい形態に変わっていくことこそ本当の意味で進歩することであり、それが「新しい伝統」をつくることだと解釈します。

天皇は高天原(光遍く実相世界)を地上に成就させること、つまり地上天国実現がその使命であると考えますが、その使命が「男系天皇」でなかったらもう天皇と言えないからその使命が全うできない、というように聞こえてなりません。伝統という形を神のように神聖無比の物であるようにあがめ奉るのは形式主義だと思います。それよりも、現時点で実際に今後の後継者の問題が皇室典範にそぐわなくなっている状態をどうすればよいか、という具体的な論議の方が大切だと思います。しかしその前提として天皇という問題をもっと真剣に議論していないといけないと思います。

一つだけハッキリと自分の意見として思うことは、側室をつくることや過去の宮家を復活させるのは、ひとえに血のスペアを用意するための行為だと考えます。そんな血のスペアを用意するための側室復活なら、現代医学に頼って男性を生み分ける方がまだ道徳的にもよいのではないかと思います。(川上真理雄 拝)

投稿: Mario | 2006年4月18日 08:36

太田さん、

>> 本来ならば高松宮妃喜久子さまが「めでたさを何にたとへむ」と女帝論を出されたのにもかかわらず、三笠宮殿下は反対意見を出されたと言うべきではないでしょうか?<<

 どちらの書き方も事実を伝えているのですから、「本来~べき」という貴方の考えは当らないと思います。

 それで、私はお聞きしたのですが、あなたは高松宮妃殿下のお言葉についてどう考えるのでしょうか? 妃殿下が、あなたの言う“国体”を廃絶しようとして発言されたと考えるのですか?

投稿: 谷口 | 2006年4月18日 12:03

高松宮妃殿下は4年前の発表であり、三笠宮殿下は昨年の発言だからです。
もちろん妃殿下が「国体を廃絶しよう」とのお考えがあったとは思いません。
愛子さまに「皇位継承の道」を早急に開きたい、とお考えになったのではないでしょうか?
問題は、妃殿下のお言葉を縦に「皇統の断絶を謀る勢力」が皇室典範改正に加わっているということです。
そのような方は皇室問題に加わるべきではなく、天皇陛下のお心は誰にも分かっていないのに、「天皇陛下が皇室典範改正を望んでいらっしゃる」というよう発言を有識者会議参加者の中にもされている方がいるということです。
何が何でも伝統護持と言うのではなく、男系で続いてきた伝統は変えられない、変えてはならない伝統であるように思います。どうしても男系護持が困難だと言うならば、もっともっと時間を掛けて検討され、その時は天皇陛下の御英断を仰いだらよいと思います。
皇太子さま、秋篠宮さまと皇位を継承されても、まだ数十年は時間の猶予があります。
結論ありきで早急に決め、左翼思想の思う壺にはまってはならないと思います。

投稿: 太田高明 | 2006年4月18日 18:29

↑「妃殿下のお言葉を盾に」の誤りです。お詫び致します。

投稿: 太田高明 | 2006年4月18日 23:20

谷口雅宣先生、お久しぶりです。神奈川県在住の佐柄英津子でございます。
このたび、皇室典範改正論議をきっかけに「皇室制度の議論を深めよう」という、のびのびと皇室のことを議論できる場をご提供くださいましたことに深く感謝申し上げます。先生が(1)(2)(3)にて、お書きくださいました様々な論点は、私どもがこの問題を多角的に考える上で、沢山の良いヒントを与えてくださっていると思います。

議論から横道にそれるかも知れませんが、先生が引用された、天皇陛下の日韓交流に関するお言葉について、書かせていただきます。このお言葉を、当時の新聞で拝見したとき、近年の戦争にまつわる両国の歴史ばかりに関心が向きがちだった私にとって、眼からウロコが落ちる思いでした。天皇陛下の、悠久の歴史の視野にお立ちになり、日韓交流の中の光明面を取り上げられ、両国の友好を切実に願っておられる御心に、深く感動いたしました。
サッカー・ワールドカップ日韓共催と言えば、もうお一方、忘れられない皇族がいらっしゃいます。当時、日本サッカー協会の名誉総裁を務められ、ご夫妻で訪韓された(2002年5月29日~6月3日)、高円宮憲仁(タカマドノミヤノリヒト)親王殿下です。(釜山市内で、サメの胃袋をご試食された御夫妻のテレビ映像をご記憶の方も多いと思います。)戦後、皇族が、公式に訪韓されたのは、同殿下ご夫妻が、初めてとのことです。同殿下は2002年6月2日夜の記者会見で、「私にとって一番大きかったのは、近くて遠い国といわれていた韓国が、近くて遠くない国になったと実感したこと」(『皇室』第16号3ページ、扶桑社ムック)と述べられています。同殿下は、「18年間に22回、外国を訪問され、ご訪問中、日の出から深夜まで、寝る時間を惜しんで相手国、現地の人々との交流に努められた」(『皇室第21号、66ページ』のですが、2002年11月21日に、47歳の若さで突然、薨去(ご逝去)されました。

高円宮殿下の、次のお言葉に接したとき、深い尊敬の念を覚えました
「皇室が嫌いなら嫌いでもいい、皇室制度に反対なら反対でもいい、必要がないと思うならそれもいい。しかし、『どうでもいい』とか『考えてみたことがない』というのは、よくないことだ。少なくとも、皇室を意識の中に入れてもらうためにも、できるだけ多くの人に会い、そのためにはいろいろなところに出て行きたい」(『皇室第21号』、67ページ、(高円宮妃久子著『宮さまとの思い出 ウィル・ユー・マリー・ミー』からの引用))
日本と海外の国々との友好のために、皇族方がこのようなご努力を重ねて来られたことを、皇室のことをまだ良く知らない多くの方々に、広くお伝えして参りたいと思います。

そして、ここでコメントを書かれている方々は、『どうでもいい』とか『考えてみたことがない』人々ではなく、皇室に深い関心を持ち、今後も皇室制度を維持し続けたいと願っておられる方々だと思いますから、そのことが、とても、素晴らしいと思います。合掌。

投稿: 佐柄英津子 | 2006年4月24日 09:24

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