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2006年4月15日

皇室制度の議論を深めよう (2)

 3月22日の本欄でこの問題に関する私の考えを述べて以来、多くの方々から意見をいただいたり、本を紹介してもらった。おかげでこれまで知らなかった知識も得られた。読者の皆さんのフィードバックに心から感謝します。ということで、ここで今日時点での私の考えをまとめてみたい。
 
 基本的には、私の考え方は3月22日の時点からさほど変わっていない。変わった点はと言えば、先に出された「皇室典範に関する有識者会議」の報告書の内容は、現在の天皇皇后両陛下と皇太子殿下同妃殿下のお考えが、いくばくかでも反映されているのではないかと考えるようになったことである。このことは重要なので次回に詳しく書くが、まず読者からの意見について少しコメントさせていただきたい。

 今、“伝統護持派”の人々が「男系天皇護持」の国民(政治)運動を起こしているのだが、この人々が唱えている「旧皇族出身者の皇族復帰」という手段は、かなり無理があると思う。それは、この60年間の世俗的関係の中で旧皇族とその出身者の方々の間に、また旧皇族出身者と普通の人々の間に何が起こっているかを国民はほとんど知らないし、それを知らせるということになると、プライバシー保護等の法律問題を含んだ相当な困難が予想されるからである。

 例えば、私が時々思うことだが、現在の皇族の方々に基本的人権がどの程度認められているのだろうか。かつて皇太子殿下が著書を出版されたが、その奥付の著作権表示は殿下ではなく「学習院」になっていた。また、天皇御一家や皇室のお写真がカレンダーや写真集の形で発行されているが、これらの出版物にも著作権表示がないものが多い。もしこれが皇族には著作権や肖像権がないことを意味するならば、皇族に復帰するという旧皇族出身者の人々の権利関係はどうなるのだろうか? 諸権利を放棄して皇族に入ってもらうのか、それとも一部だけの放棄なのか。そういう法律や財産の権利義務関係が各旧皇族出身者に於いてどのようになっているかをすべて露にした後に、国民が“候補者”の中から最も相応しい人物を選ぶのだろうか? そうではなく、どこかの“私的諮問機関”で秘密会議をして選ぶのだろうか? あるいは、国会で投票によって決めるのだろうか? いずれの場合も、相当な混乱と困難が予測されないだろうか? また、そんな面倒なことは省略して、人格や経歴に関係なく出生順位で選ぶという場合、はたして国民が納得するだろうか? こういう問題を“伝統護持派”の人々はどう解決してくれるのだろう?
 
 それから、やはり“伝統護持派”の人々が「男でなければ天皇でない」とか「男系でなければ天皇でない」という言い方をよくするが、その理由が明確でない。この人々の説明は「それが日本の伝統だから」「それが万世一系の意味だから」「それが尊敬される必要条件だから」ということになるようだが、これは一種の循環論法のように思える。最初にまず「男系が代々継承するのが日本の伝統」という定義があり、あるいは「男系が代々継承するのが万世一系」という定義があり、また「男系が代々継承するのが尊敬に値する」という価値判断があり、そういう“暗黙の定義”や“暗黙の価値判断”を逆さまにして説明に援用しているように聞こえる。むしろ今、我々が発しなければいけない問いは、「天皇は万世一系でなければいけないか?」「天皇が天皇たるべき条件とは?」「日本の皇室の伝統は本当に不変か?」「皇室の伝統が不変であるべき理由は?」……等々ではないだろうか。
 
 ここで誤解しないでほしいのは、私は「天皇は万世一系でなくていい」とか「天皇は誰がなってもいい」とか「皇室の伝統などコロコロ変えてもいい」と考えているのではなく、上記のような根源的な問題を国民が考えることによって、今日まで続いてきた「天皇」の伝統の意味をより深く知ることができると思うからである。
 
 また、私個人は「皇室を変革しよう」などと思ったことはないが、現在の天皇皇后両陛下が、かつての皇室の伝統の一部を変革して来られたということの意味は大きいと思う。このことは各方面で指摘されているので詳しく述べないが、「側室の廃止」や「ご家族との同居生活」はそのごく一例である。また、三笠宮殿下とは異なり、「女系天皇」を促進されるような発言をした皇族の方もおられるのである。また、「男系天皇の護持」が万世一系の意味であれば、理論的には外国人の血統を受け入れる可能性も認めなければならないし、歴史上はそういう例が実際あったようである。今後もその道を残しておくのかも考えねばならないだろう。

谷口 雅宣

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コメント

皇室祭祀は男性によってのみ執り行われるしきたりであるが、それは決して男尊女卑や女性差別の産物ではない。神聖な儀式は異性原理を断ち精進潔斎して執り行うのが世界の宗教に広く見られる原則である。この伝統を単純な男女平等主義によって安易に変化させてはならない。

女系天皇の輩出が予想される「女系容認、長子優先」の皇位継承制のもとでは数々の根本的な困難や不都合が生じる

第一に、女帝の場合、祭祀の執行に支障がでる。宮中祭祀(大嘗祭など一部の例外を除く)は男子が執り行う伝統と慣習があり、これは宗教的な観念を前提にしているので、簡単に男女同権を持ち込むことはできない。男子によって行われる祭祀を女子が行っては、カリスマ的な意味が失われるからである。したがって、これまでも女性が皇位についたときには祭祀を一時中断するか、男性の代理を立てて執行した。その場合は一時的な「つなぎ」の女性天皇だったから「例外」として許されたが、女系になると天皇自身による祭祀の中止は致命的な意味を持つ。それは天皇の存在意義(レーゾン・デートル)に関わる重大な欠陥となる。女系天皇制は天皇制としての自己矛盾であると言わなければならない。

第二に、女帝であることを利用する者がむらがる恐れがある。フェミニストはさっそく名乗りを上げて、露骨に期待感を表明し、国民の意識を変えるために利用しようとしているが、その他にもさまざまな形で、女帝であることから利益を引きだそうとする者たちが出現するであろう。女帝に影響力を持つ周囲の者たちもそのターゲットになりうる。

 第三に、女性天皇の配偶者選びは困難をきわめるであろう。皇太子妃でさえなかなか決まらなかった。ましてや女性天皇の配偶者選びは難航することが十分に予想される。もし幸いにして夫君が決まったにしても、夫君が個人的にプライドと存在意義を一生のあいだ感じ続けることは至難の業であろう。

 第四は、家族像と関係する問題である。現在、皇室は日本の家族像の模範として、国民から敬愛されている。父親を中心にまとまり、互いに愛し合う家族の姿は、日本の家族が世界の中で珍しいほど健全な姿を保っていることの一つの重要な基盤とも言える。しかし、それは「平等な家族像」ではなく、明らかに父系制に基づく、父を中心とした家族像である。

家族は父親を大黒柱とし中心としてまとまりを持つことが必要である。家族の模範像だと受け取られてきた天皇家において女性がトップとなることによって、フェミニズム思想が日本人の家族像に悪しき影響を与える危険性もまた増大する

女系天皇制のマイナス面を述べた。こうして列挙してみると、推進派が強調するプラス面に比べて、マイナス面は深刻な問題が多いことが分かる。天皇制存続のためと公式には言われている女系天皇制だが、じつは天皇制存続を危うくする要素の方が多いのである。

天皇とは父性原理の体現者でなければならないからである。

 歴史によって形成されてきた天皇の性質やイメージは、権力に対して正当性を与える権威者である。どんな実権を持った武士政権といえども、天皇から正当性を与えられることによって、初めて名実ともに権力者になることができた。

 天皇という存在にとって大切なのは、可愛いとか親しみを持たれることではなく、厳かな祭祀の実行者であり、権威の持ち主であるという性質である。つまり父性の持ち主でなければならない。天皇は立派な父親像の体現者でなければならないのである。

 今でも日本においては、一家の大黒柱は男性でなければならないという意識は非常に強く、父親は権威を持っていなければならないという意識も強い。たとえば、二〇〇二年にNHK教育テレビが父親に関する番組を放映したが、そのときに実施したアンケート調査によると、「父親は権威を持っていなければならない」に賛成した者の割合は、「父親が八割」「母親も八割」「子供も八割」という驚くべき結果を示したのである。

 『読売新聞』の「父親像に関する全国世論調査」(平成十七年十二月五日付)によると、「理想的な父親像」としては「必要なときには子供をきちんとしかる」がトップで74%を占めた。それに対して「友達のように接する」は13%、「子供に干渉しない」は4%だった。またその理想に照らして「父親のしつけが不十分」だと見ている人もきわめて多い。すなわち「あなたは、最近、世の中のきまりなどを、子供にきちんと教えられない父親が増えていると思いますか」という質問に「そう思う」四五・〇%、「どちらかと言えばそう思う」三四・七%、合わせるとほぼ八〇%が父親の厳しさを必要だと考えていることが分かったのである。

 権威を持った父親が子供をしつけ、家族をまとめていくことは、家族のあり方の理想像として日本人の間では依然として根強いどころか、近年ますます再認識され始めている。女系天皇容認派は男女平等意識が高まったと宣伝し、こうした重要な父性意識の高まりについては完全に無視している。

 国民の意識を基に考えるというのであるならば、約八割が「父親は権威を持つべき」「しつけをきちんとすべき」と答えた事実を重んずるべきであろう。家族においても国家においても統合の象徴は「父」でなければならない。日本国の統合の象徴は父親像でなければならないのである。

 日本はもともと母性社会の性質がかなり強い。天皇が女性になったら、母性的である日本が、さらに母性社会に傾斜し、父性原理が大きく後退することになるだろう。

 母性が優越した国家になるか、父性が優越した国家になるかの違いは巨大である。日本がこれ以上母性社会の性質を強めていけば、甘えの精神が蔓延し、ますます規範意識は崩れ、社会の秩序も折り目正しさも、公序良俗も音を立てて崩れ、ニートなど無気力な子供が増大するだろう。

 天皇とは国父であり、父性の象徴であり、したがって男子男系でなければならない。


投稿: 太田高明 | 2006年4月16日 23:42

>>三笠宮殿下とは異なり、「女系天皇」を促進されるような発言をした皇族の方もおられるのである。

積極的に肯定的意見を述べられた方はいないのではないでしょうか?

ただ、有識者会議関係者であるとか、一部の議員からは、天皇陛下が女性・女系天皇に賛成の意見だとする圧力は掛かっていた話は漏れ聞きます。細田議員は、結局その件について公式にコメントしたわけではなく、他の議員に対してそのように触れ回っていたらしい、という話が伝わっているだけですし、(その件について追及の手がだいぶ伸びたようなのですが、本人に連絡が取れず、確認できなかったようです)、また、有識者会議のメンバーが、「会議に参加した宮内庁の方が、反対の意見を述べなかったので、すなわち天皇陛下は賛成したものと受け取った」という理解をしていたことは、週刊誌には出ていましたが、それはメンバーが「勝手にそう思った」というだけのことで、天皇陛下や皇族の方が明示的にある発言をもって「女性・女系天皇に賛成だ」とする意見を発表したという話は聞いたことがありません。

聞いたことがあるのは、「天皇陛下がそういう意見であるぞ」と、勝手に触れ回っているような話だけで、そのことも、いざ本人が追求されると、こそこそ逃げ回ったり、また、匿名で有識者会議のメンバーが勝手に言いつのっているだけ、ということは聞いております。

週刊誌では、有識者会議のメンバーが、匿名を条件に、ぼろくそに男系維持派を貶すような意見はだいぶ読みましたが、もし天皇陛下や皇族方の意を受けてということであれば、あのような下品なことはするわけがないと思います。

投稿: 太田高明 | 2006年4月17日 01:46

太田さん、

 私は週刊誌に書かれたことを、こういう重要な問題の判断基準にすることは間違いだと思います。彼らは、雑誌が売れればそれでいいのです。

投稿: 谷口 | 2006年4月17日 12:21

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やや下火になった感のある皇室典範改正論議であるが、この問題の重要性、緊急性はいささかも失われていない。最大の危惧は「皇族がいなくなるかもしれない」という惧れである。また皇室は、「男系」「結婚」「終身」といった大きなリスクに晒されている。このままでは皇室は生き残れないかもしれない。ここに私の皇位継承問題意見(下記項目)をまとめて掲載し、冷静に議論を整理したいと考えている読者諸氏への問題提起としたい。天皇の資格条件皇族による世襲は守らねばならない男系継承は皇室の選択に任せるべき今こそ、国民総力で皇室を... [続きを読む]

受信: 2006年5月 7日 13:23

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