本来の自然とは?
生長の家の講習会のため、午後から名古屋へ向った。東京駅からの新幹線の中で車内誌『ひととき』3月号をパラパラと見ていると、植物生態学者の宮脇昭氏のインタビュー記事が載っていた。この人は、知る人ぞ知る“日本のワンガリー・マータイ”と言うか、年齢的にはマータイ氏の先輩格に当る77歳のスーパー老人で、世界中を植林して回っている。若いころドイツに留学して、ラインホルト・チュクセン教授から「潜在自然植生」という概念と、それを見究める目を徹底的に学んだ。そして、これを世界中に復活させる活動に身を粉にして--というよりは、喜び勇んで--励んでいる人である。
人類は太古の昔から、生活や経済活動に利用するために草や木を植えてきたが、それらの植物は、もともとその土地になかったものでも、人間が手をかけることで成長し、大木にもなる。しかし、その土地の気候や地質、風土、地形、他の生物との関係などで、本来その土地に生きてきた植物の方が、“外来”で人間が植えた植物よりも気候や地形に適しており、他の生物との共生に優れ、かつ強い。これは1種類の植物だけに言えることではなく、昔からそこに生き続けてきた植物集団全体について言える。この本来の植物集団全体のことを「潜在自然植生」と呼ぶのである。
それがなぜ「潜在」かというと、人類が太古の昔から森を利用してきた過程で、ほとんどの森林や草原は人間の好みに作り変えられてしまっていて、本来の植生は残っていないか、残っていても隅や陰に追いやられてしまっているからだ。表面に現われずに「潜在」しているというわけだ。しかし、その土地本来の植生の方が安定的であり、かつ動物や菌類とも共生的だから、潜在自然植生に属する植物を植えることで、土地は安定し、維持コストも最小となり、人間にも最大限の恩恵を与えることになる--そういう考え方である。だから、世界各地へ行って、その土地の潜在自然植生に属する植物を植えることは、人間を含めた生態系全体に恩恵をもたらすことになる。
宮脇氏の言葉を借りれば--
「人間の都合で出来た人工の林は、根が浅くて倒れやすいから地震にも台風にも弱くて、土砂崩れが起きる。保水機能も浄化機能も低い。虫がつきやすいし、枯れれば火事が心配になる。もともとその土地のものではないから、人が手を入れて維持しなければならないんですよ。手をかけなくなると問題が生じてくる」(同誌、pp. 40-41)
「潜在自然植生」の考え方は、生長の家で説く「実相」と何となく似ている。が、当然ながら同じではない。一方は、植物生態学の概念であり、他方は宗教や哲学上の概念である。しかし、双方とも「見せかけの存在」と、その奥にある「本物の存在」を区別して扱うところが似ている。「仮の相(すがた)」の背後に「本来の相」の存在を信じるのである。そして、「本来の相」である潜在自然植生が顕在化すれば、そこには人間を含めた生物相互が共生する安定的な環境が実現する、と考えるのである。
ところで、名古屋市では金山駅前の30階建てのホテルにチェックインし、22階の部屋に泊まった。窓からは名古屋市内が広々と一望できるが、東京に輪をかけて緑が少ない灰色一色のビル群の間を、道路が縦横に交錯する。気温上昇の影響なのか、遠景はスモッグで霞んでいた。宮脇氏に言わせれば、こんな土地にも潜在自然植生はあるのである。これを再生させる契機になるのが「鎮守の森」だと同氏は言う。神社には、その土地にもともとあった木や草が残されていることが多いから、そこの植生を維持し、周囲に拡大することで、その土地本来の自然が再び立ち上がる--地球温暖化による「ノアの洪水」が来る前に潜在自然植生が復活すれば、我々はひょっとして「エデンの園」に復帰できるのだろうか。
私は、宮脇氏に訊きたいことが一つある。それは、地球温暖化による気候変動が起こりつつある今、「潜在自然植生」の概念が維持できるかどうかということである。つまり、この概念は「その土地本来の気候」の存在を前提としているのだから、気候変動が起こればそれが崩れる可能性が出ると思うからだ。東京でパイナップルが育つようになれば、武蔵野の原野の復活は難しいだろう。そうなる前に、打つべき手はすべて打つことが必要だ。
谷口 雅宣
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
小閑雑感ではいつも勉強させていただいております。有難うございます。宮脇先生とは一度お会いして環境についてお教えをいただいたことがございますが、素晴らしい方です。自然植生のために日本だけではなく世界中を行脚されており、我々にでも理解できるように教えてくれました。先生のお考えは地球がどうなるかは判らないが、今はとにかく広葉樹の木を植えることだとが急務だと言っておられました。そしてドングリを宝物のように大事にされておられました。
神奈川教区 栄える会所属
投稿: 佐藤克男 | 2006年3月14日 17:19