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2006年3月15日

カプチーノで「ありがとう」

 今春から東京で大学生活を始めるため、甥とその母(妻の妹)が伊勢から上京していた。今夜は、彼の入学祝いということで、お台場のホテルでささやかな夕食会を催した。東京湾に臨む窓辺の席からは、ブルーライトで薄化粧したレインボー・ブリッジが大きく見え、その下方で、赤提灯を満載した屋形船が何艘も漂っている。遠景には、ワイヤーフレームのような輪郭を光らせた高層ビル群が並ぶ。東京という街は、やはり昼よりも夜が美しいとの感を強くした。

 妻は5人姉妹の長女で、今回上京した義妹は上から4番目である。彼女は、私たち夫婦が横浜で新婚生活をしていた頃、近くに住んでいて行き来していた。また彼女が結婚した後も、私たちの子供が旅行ができるほど大きくなると、休暇中に伊勢で預かってもらったり、それぞれの子が18歳になった時、自動車の運転免許の取得でお世話になっていた。そして、私たちの末娘は今春、21歳で学校を卒業した。義妹の子供は2人いて上が女、下が男だが、その2番目の子がもう大学に行く年頃になったのである。この彼は、私たちの方で預かったことも何回かある。そんな時は、後楽園遊園地や横浜のラーメン博物館などへ連れて行ったものである。彼は今、見上げるような身長180㎝の茶髪青年となり、腰から抜け落ちそうなジーンズをはいている。光陰矢の如しである。

「地中海料理」を出すレストランで、魚介を中心とした食事をゆっくりいただいた。平日のためか店内の客はまばらで、静かな時間を過ごせた。最後のデザートには、義妹と甥は紅茶を注文し、妻はカプチーノ、私は普通のコーヒーを選んだ。紅茶とコーヒーが先に出され、私たちは妻の頼んだカプチーノの到着を待った。
 数分後に、ウェイトレスがそれを持ってきたが、妻は何を思ったのか、
「Oh, thank you!」
 と、大きな声で礼を言った。
 私は、「何を気取って……」と彼女の反応を疑った。いくら英語を話すからといって、日本のホテルで日本人の店員に向って英語で言う必要はない。アルコールも飲んでないのに酔っ払いのようだ、と思ったのである。
 そのウェイトレスは、目を光らせて
「ありがとうございます」
 と言ってから、私たちのテーブルから去っていった。
 
 義妹と甥は、しかし妻のキザな言葉に抗議や批判をしなかった。私も、それを口にするほどではないと思い、デザートを食べながらコーヒーを啜っていた。妻は、なぜかカプチーノになかなか口をつけない。私は、自分のコーヒーが半分ほどなくなってから、妻のカプチーノを要求した。私たちは、よくこういうことをする。味や香りを2倍楽しもうというわけだ。

 目の前に来たカプチーノのカップを見て、私は驚いた。口まで白い泡が盛り上がっているのは普通のカプチーノと同じだが、その泡の表面にチョコレート色の模様が浮き出している。それを見ると「Thank you.」という英字が読め、その後にハートのマークが2つ並んでいるのである。私はこの時やっと、妻の奇矯な行動の理由を了解した。
 
「料理は口と目で食べる」とはよく言うが、こういう演出に遭遇したのは今回が初めてである。私たちは、コーヒーカップのあの狭い円形の中に、どうやって文字を浮かべるかを議論しながら、その店を後にしたのである。
 
谷口 雅宣

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コメント

合掌ありがとうございます。

素敵な演出は心に残りますよね。
私も似たような経験をしたことがありました。

総本山近くの西海橋コラソンホテルにあるレストランでは、
デザートのお皿にその場でキレイな絵を描いてくれました。
(ここも地中海料理のレストランでした)

↓写真はこちらです。
http://image.blog.livedoor.jp/shin_999/imgs/9/8/9853b326.jpg

1月だったのですが、
季節に合わせてデザインを変えているようで、
南天の花を描いてくれました。
他の季節も是非もう一度いって見たいです。

投稿: 古谷伸 | 2006年3月20日 17:11

古谷さん、

 コラソン・ホテルは、講習会の時に泊まったことがあります。厨房に絵描きさんがいるとは知りませんでした。なかなかいいですね。

投稿: 谷口 | 2006年3月21日 22:18

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