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2006年3月13日

ボストン通りの店 (2)

 ボストン通りの商店街は、電燈をともし始めていた。
 ここには歩道の上を覆う雨よけの屋根はないが、ところどころに鮮やかな色の庇を出した店がある。それは中国料理店だったりイタリア料理店だったりするのだが、焼き鳥屋や居酒屋、惣菜店、鮨屋、旅行社、不動産屋、コンビニ店などと並んでいても、浮き立って見えないところが不思議である。昔からそこにある店だからだろうか。
 私は、そういう店の前を通りながらも、目はあの無看板、無広告の店に向いていた。とりあえずそこへ行ってみて、そこが飲食店でなければ別の店に入ればいいのである。
 100メートルほど歩いて、その店の前に来た。白っぽい壁が目立つ一見民家風の家で、縦方向に細かい木の桟が入った玄関を中心に、シンメトリーの構造になっている。左右対称なのだ。玄関の左右の脇にそれぞれ1本ずつ鉢に入った大形の観葉植物が置いてある。そして、暖簾には本当に何の文字も書いてなく、下げられた位置が普通より高い。これだと、暖簾を気にせずに出入りできるはずだった。
 思い切って、引き戸を開けてみた。
「こんばんは……」
 と言いながら、店内に一歩踏み込む。やはりそこは普通の民家の玄関だと思った。靴脱ぎ用の石と、一段高くなった上がり框が見えたからだ。その先には屏風が立ててあった。
「失礼しました」
 と言って踵を返したとき、
「どうぞお上がりください」
 と、女性の声が言った。
 振り向くと、40代前半と思われる女性が着物姿で立っていた。目立たない化粧で、商売人とは思えない。
「あのぉ、食事できるところかと思ったんですが……」
 と、私は半分逃げ腰で言った。
「あぁ、できますが、種類は多くありませんよ」
 と、その女性は膝を畳につきながら言った。そして、「どうやってここを?」と訊いた。
 私は返答に困り、
「はぁ、何となく雰囲気がよかったんで……」
 と、口から出まかせを言って笑顔を作った。
「あら、そうですか」
 と言って、女主人らしきその女性は口元を緩ませた。
 私は意を決して、靴脱ぎの上に立った。するとその女性は、
「お店は、あちらからお願いします」
 と言って、玄関の脇の方を手で示した。
 そこには、人ひとりがやっと通れるような細長い白木の扉がついていた。普通の住宅の一部を改造して飲食店にしてあるようだった。
 
谷口 雅宣

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