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2006年3月12日

ボストン通りの店 (1)

 私はその日の夕方、金山駅前にあるホテルの4階の窓辺に立って薄暮が近づく街を眺めながら、夜の行動計画を練っていた。
 名古屋のこの界隈に来たのは初めてである。金山駅は、JR東海道本線、中央本線、名鉄名古屋本線、そして地下鉄名城線の4本が乗り入れる大きな駅だ。しかし、「名古屋の副都心」と言われるわりには、人通りが多くないように感じられた。多分、東京の新宿駅と比較してそう思うのだ。
 私が眺めている駅前通りには、飲食店の看板が多く見える。まだ6時前だったから、赤や緑や黄色の文字が並ぶそんな店には、人は多く入っていないようだった。二人連れの若者が多いのは土曜の午後だからだろう。が、そんな中に混じって、ジャンパーに野球帽や鳥打帽姿の中年男性が、何人もやや前のめりの姿勢で早足で駅に向う。ひと仕事終えた人が家路につく、という雰囲気である。
「何の仕事だろう」
 と思いながら、私はそんな人たちを目で追っていた。
 と、そのうちの一人が飲食店街の外れまで行ったところで、そこの店の中にスルリと消えた。
「そうか、もう食事時か……」
 と思って、私は時計を見た。5時48分である。夕食にはまだ早いが、早すぎるというほどでもない。私は自分の腹の空き具合を確かめた。せっかく名古屋へ来たのだから、東京でも食べられるようなものは選ぶまい、と思った。鳥の手羽先、きしめん、鰻の櫃まぶし……などの言葉が浮かんで来る。それと共に空腹感が腹の奥から持ち上がってきた。
 視線をふと別の方向に移すと、どの店からも離れた道路沿いに、標識のような横長の看板を見つけた。
「ボストン通り」
 と書いてある。妙な名前だ、と私は思った。
 駅周辺を歩いていたときに「大津通」「伏見通」「東桜通」などと書いた看板を見て、伝統を感じさせる風情のある名前だと思ったのだが、この名前は何だろう。東京の原宿には若者の気を惹くためか、「ラ・フォンテーヌ通り」とか「ブラームスの小径」などという名前をつけた路地がいくつかある。また、明治神宮の表参道に「シャンゼリゼ」と命名した時期もあったが、これは余りにみっともないので後に廃止された。名古屋の人も似たような病気に罹っているのだろうか。
 そんなことを考えながら、再び窓外を行く人の動きを目で追い始めた。と、あの中年男が消えた店から、男が一人出てくるのが見えた。今度は帽子をかぶっておらず、店の前に停めてあった自転車にまたがったから、別人に違いない。この店はいったい何の店かと思って周囲を見たが、看板が見当たらない。それどころか、品書きや料理のサンプルを並べる棚、扱っているビールや酒の銘柄をあしらった広告灯など、普通の飲食店にあるはずのものが何もないことに気がついた。そこが飲食店らしいことを示すものは、くぐり戸の上に掛けてある無地の白っぽい暖簾だけなのだった。
「暖簾があっても、飲食店とは限らない」
 と思う。
 その時、青いボンゴ車が店の前に来て、半分歩道に乗り上げるようにして停まった。中から、夫婦者らしい中年の男女が出て来て、店の中に消えた。女の方は、何かの小動物を小脇に抱えているように見えた。
 私の頭の中は疑問符で埋まってしまった。
 看板も出さず、広告も行わない場所に人が出入りする場合、そこは普通の民家である。それなら、まるで商店のように暖簾が出ているのはなぜか? また、自転車で人が来て、満足気な顔で帰っていくのはなぜか? 看板や広告がなくても、充分な数の客が来るということか? それとも大っぴらに営業できない理由でもあるのだろうか?
 私はもう、その店に行くことに決めていた。食欲ではなく、好奇心がそう命じていた。

 谷口 雅宣

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