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2006年2月 4日

信仰と風刺

 デンマークの新聞が昨年9月、イスラーム最高の預言者とされるモハンマドを風刺漫画に描いたことが発端となり、「表現の自由」を掲げるヨーロッパのジャーナリズムと、イスラーム信仰者の対立が激化してきた。デンマークの新聞に連帯を示すためにベルギー、フランス、ノルウェーなどヨーロッパの新聞や雑誌が次々と同じ漫画を掲載したところ、ガザではパレスチナ人がEUの事務所前で銃を発射して抗議、バグダッドではデンマーク製品のボイコット運動が起こり、ジャカルタではデンマーク大使館に腐った卵が投げつけられるなど、イスラーム諸国を中心に激しい抗議の輪が広がってる。

 フランスでは当初、デンマークの問題の漫画を転載した日刊紙の編集長が解任されたが、高級紙『ル・モンド』は3日付で別の風刺画を掲載して「宗教には敬意が払われるべきだが、同時に自由な分析、批判、笑いの対象でもあるべきだと」と社説で主張した。しかしその後、シラク大統領が「表現の自由は許されるべきだが、他人の信仰も尊重すべきだ」など柔軟姿勢を示し、デンマークのラスムセン首相は3日、イスラーム諸国の大使など70人以上と会談し、風刺漫画の掲載について「不適切だった」と遺憾を表明、イギリスのストロー外相も問題の漫画を転載した行為を「間違いだった」と明言するなど、火消しに大わらわだ。また、2日には、国連のアナン事務総長が「報道の自由は常に、すべての宗教の信仰と教義を完全に尊重する形で行使されなければならない」との声明を発表した。

 外交という側面から考えれば、ヨーロッパ各国首脳の対応は当然と思う。外交においては、表現は「柔らかく」「間接的」「暗示的」に行うのが常道だからだ。とりわけ他国の宗教の中心者に関する場合、自国の同じ立場の人に対するのと同様の態度を守るのが常識だ。しかし、ジャーナリズムにおける「表現の自由」ということになると、恐らく問題の角度が少し違ってくる。とりわけ自由主義の国々では、ある程度「悪趣味」と思われる表現も許されてきたし、そうしなければ、民主主義の基本である「自由な討議」は成立しない。その一方で、誹謗や中傷は犯罪として処罰されることがある。問題は、どの程度までの風刺なら許されるかということだ。

 では、今回の漫画はどんな内容か?--私はそう思って日本の新聞を見たが、どこにも載っていない。今朝のBBCニュースでも、問題の漫画は注意深くボカしてある。そしてやっと、アメリカのABCニュースにそれらしいものが短時間映った。しかし、問題の発端になった漫画は12枚あったというのだから(4日付『ヘラルド朝日』)、その中の1枚にすぎないだろう。それはどういう絵かというと、黒いターバンを頭に巻いたアラブ人風の男の顔の漫画で、ターバンの隅から黒いダイナマイトと導火線のようなものが見えている。これがモハンマドの顔であるかどうか私には分からない。が、イスラームの人々がそう言って怒っているのだから、きっとそうなのだ。「ふーむ……」と考え込んでしまった。

 立場を逆転させて考えてみよう。もし、釈迦や孔子、イエスあるいはローマ法王の頭からダイナマイトの導火線が出ている漫画が新聞に掲載されたら、どうだろうか? それぞれの信仰者たちが怒ることは、容易に想像できる。だから、それを掲載した新聞が軽率だったことは否定できない。しかしその反面、実際にイスラム過激派の爆弾テロ攻撃を受けて多くの死傷者が出た国には、そういう風刺漫画を歓迎する人がいることも理解できる。私は過去に、ビンラーデン氏やザルカウイ氏などを風刺した漫画を見たことがあるが、イスラーム世界はそれに対してはこれほど反応しなかった。どうやら問題の核心は、「預言者モハンマドを扱った」という点にあるようだ。

 イスラーム世界では、預言者モハンマドを形に描いてはいけないという約束事があるらしい。まして漫画や風刺画などとんでもないということだろう。しかも、「彼の頭脳は爆弾だ」と言わんばかりの表現は、「預言者の全面否定」と受け取られても仕方がないだろう。日本や西洋社会においては、「神」が風刺の対象となることがある。しかし、イスラーム世界ではそれは許されない。この文化の違い、考え方の違いが原因で現在の問題は起こっている。グローバルな社会では、この種の文化の違いが「摩擦」となり、さらに深刻な政治問題へと発展する恐れがある。しかし、この動きは止められないのだから、対立する双方が互いの考え方を理解する方向へ進んでいく以外に共存の道はないと思う。
 
 谷口 雅宣 

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コメント

文化の違いというのは、国家的レベルから個人的なものまで様々ですが、ある概念が先入的であればあるほど、違和感が多いようです。ある時、勉強会で「背水の陣を布く」という英語の表現が可笑しいと言われた人がいました。英語では自分の後ろの橋を焼かずにとっておくということが大切という表現があるのだそうです。また、ちょっとしたことですが、「この度はこの役職を引き受けてありがとうございます。ご協力お願いします」という表現を英語に訳したら、役職を引き受けた以上、コミットメントしたことなのだからお願いしますというのは変だ、あなたの持っている能力を十分活用して頂けることを期待している、というような表現が訳としては好ましいのではないか、などと意見を言われたことがありました。

川上真理雄 拝

投稿: Mario | 2006年2月 5日 03:32

川上さん、

「背水の陣を敷く」というのは、英語でどう表現したのですか?

投稿: 谷口 | 2006年2月 6日 12:07

背水の陣を布くという英語は「Burn your bridges behind you」という表現でした。

川上真理雄 拝

投稿: Mario | 2006年2月 7日 03:35

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