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2006年2月20日

「子の選別」へ一歩進む

 重い遺伝病の子を生むのを避けるために使われる「着床前遺伝子診断」という方法を、一部の習慣流産の患者にも認めることを、日本産科婦人科学会が決めたらしい。19日付の新聞各紙が伝えている。普通、この方法は「生まれてくる子」に遺伝病がある場合に行われるのだが、今回の同学会の決定は、「子」ではなく「親」の染色体に異常があって流産する場合に、母体に及ぼされる苦痛を避けるために行おうとするものだから、本来の目的とはズレている。親の苦痛を減らすために、生まれてくる子の遺伝子を調べ、流産の起きにくい子を選んで妊娠する。こういう方法が「子の選別」になるかどうかが議論され、結局、親の都合を優先したということだろう。将来に禍根を残さない決定かどうか、判断はなかなか複雑だ。
 
 私は結局、これは「子の選別」だと思う。なぜなら、(もし新聞記事の表現が正しければ)「体外受精で作製した複数の受精卵を調べて、流産が起きにくいものを選んで母体に戻す」(『日本経済新聞』)とはっきり書いてあるからだ。体外受精をする場合、普通は受精卵を一度に3個から5個作製する。そして選別後、母体に戻さなかったものは廃棄されるか、凍結保存される。これを「子の選別」と言わなければ何と表現するのだろう。そして、「流産が起きにくい受精卵」が複数個できた場合、そのいずれを妊娠すべきかの判断は、一体誰が行うのだろう? 医師だけが独りで行うのか、それとも親の意見を聞くのか? もし後者だった場合、「ぜひ男(女)の子を!」と懇願されたらどうするのか? 

 上記の『日経』の記事では、同学会の理事会を終えた慶応大学の吉村泰典教授が、同じ技術が男女産み分けにつながらないかどうか尋ねられ、「(会告に法的強制力はないが)モラルとして男女産み分けに使われるべきではない」と答えている。逆に言えば、モラルを問題にしない医師ならば、男女産み分けに使う可能性があるということだ。また、独自のモラルをもっている医師もいるだろう。この習慣流産の着床前診断でも、学会の会告に反して独自の判断でこれを行っている病院が神戸市(大谷産婦人科)にある。この病院では、すでに25組のカップルがこの技術を使って子を得、そのうち11組が出産に至っているという。この中に、親の男女産み分けの希望を容れた例があるのかないのか、部外者には分からない。
 
 着床前遺伝子診断は、体外受精による受精卵が4~8個の細胞に分裂した段階で、その中から1~2個の細胞を取り出して遺伝子や染色体異常の有無を調べ、異常がなく流産の確率が低いと思われる受精卵を子宮に移植する。日本では筋ジストロフィーなどの重い遺伝性疾患に限り実施することになっており、これまで6件が実施されたが、今後は習慣流産の一部に適用されることになる。一般的には夫婦のうち5%が、流産を3回以上繰り返す習慣流産になるというが、そのうち4~5%(夫婦全体の0.025%)には夫婦のいずれかに染色体の「転座」という異常があるらしい。今回の措置は、その0.025%を「重い遺伝性疾患」と認定して、この技術を適用する。

 染色体異常では、21番目の染色体が3本ある場合、流産する確率は約80%あるという。が、流産しないで生まれればダウン症児となる。今回の決定ではダウン症を着床前遺伝子診断の対象としなかったが、複数の受精卵を作製して遺伝子診断をする際、ダウン症のリスクのある受精卵をわざわざ子宮に移植することは考えにくいから、“灰色部分”が残ることは否定できないだろう。この件について『朝日新聞』の記事には、こうある--今回の決定では、転座とは関係ない21番染色体の数の異常は調べてはいけないことにしたが、「調べようとすれば、止めることはできない」と吉村委員長は認める。
 
 今回の措置で、着床前遺伝子診断が「重い遺伝病」以外の分野にも一気に普及するとは思わないが、遺伝子解析の進展に伴い、「親の都合で子を選別する」という潮流は拡大することがあっても縮小することはないのだろう。私は、このようなことに倫理的抵抗を感じなくなる社会が、どんな社会であるのか想像するのが難しい。
 
谷口 雅宣

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