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2006年1月10日

技術と文化のむずかしい関係

 日本語で「文化」というと、「法隆寺」とか「歌舞伎」とか「北斎」など、中学や高校の日本史の教科書に出てくる何となく美的で、高尚で「よい」ものを指すように聞こえる。しかし、よく考えると「差別」や「切捨て御免」や「芸者」を生んだのも文化だから、「好ましくない」ものや「悪い」ものも中には含まれる。そうすると、「文化を守る」とか「伝統を守る」と言う場合も、必ずしも「よい」ものばかりを守ることにはならないという点に注意しなければならない。そんなことを考えたのは、科学技術のおかげで「子の性別の選択」が可能となった昨今、昔からインドにある“男子優先”の文化が、重大な社会問題を招来する可能性があることを知ったからである。

 もっと具体的に言うと、インドでは過去20年の間に女の胎児が1000万人も妊娠中絶されたために、現在の若者の男女比に深刻な差が生じているそうだ。1月10日付の『ヘラルド朝日』紙は、イギリスの医学誌『Lancet』に発表された研究を取り上げて警鐘を鳴らしている。長い間“一人っ子政策”をとっていた中国では、推定で4千万人もの未婚の若者(男)がいるというから、インドでも同様の問題が生じる可能性が大きい。

 その記事によると、同国では医師が胎児の性別を親に告げることを法律で禁じているにもかかわらず、超音波診断装置の登場したこの20年間に、推定で毎年50万人の女の新生児が欠落している、とこの調査の主任研究員であるトロント大学のプラバハ・ジャー博士(Prabhat Jha)博士は書いている。しかも、この推定値は「低く見積もった」数だそうだ。実際のインドの人口を見ても、男千人に対する女性の数は、1991年が「945人」だったものが2001年には「927人」へと減少している。最初の子が女子だった場合、2番目の胎児が女児だとわかると中絶されるケースが特に多いという。

 インドでは、娘(女児)はいずれ結婚して他家へ行ってしまうので、娘への出費は“債務”として考えられがちという。また、他家へ嫁ぐときの“持参金”の習慣がある地方では、女児の誕生は特に望まれないらしい。そして、教育程度の高く富裕な家庭ほど、生まれてくる子の性別の選択をする傾向があるという。同国では1994年に施行された法律で、胎児の性別を告げることが医師に禁じられているだけでなく(違反は医師免許停止)、性別を知ろうとした妊婦にも3年の禁固刑と5万ルピー(1100ドル)の罰金が科せられるはずだが、実際にはこの法律によって罰せられた人はいないという。つまり、長い間の考え方や習慣(いずれも文化の一部)が法律より優先されているのである。

 この問題は、「超音波診断装置」という科学技術が、従来からの文化のもつ傾向を強めたために生じている。別の言い方をすれば、この技術が存在しない時代には、インドの文化に内在する“男子優先”の傾向はさほど大きな社会問題を生む原因にならなかったと思われるが、技術によって文化的傾向が強まりすぎると、社会全体にはマイナスの作用を及ぼすこともあるということだろう。
 
谷口 雅宣

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コメント

倉山さん、

 中国は人口問題の深刻さを理解していると思いますが、「人口減」を目指すかどうかはよく分かりません。なにせあの国は、自由主義ではないからです。しかし、人口減はあっても先の話で、当面は増え続けるのではないでしょうか?

投稿: 谷口 | 2006年1月17日 21:10

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