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2006年1月 9日

ネコの進化

 日本各地では歴史的なドカ雪が降っているが、雪を歌った童謡に「ネコは炬燵で丸くなる」という一節がある。寒くなって雪が降れば、ネコは戸外へ行かなくなり、人間の家の中で暖をとるという意味に聞こえる。しかし、本当にそうだろうか、と最近思う。なぜなら、この連日の寒さの中、わが家のノラネコだけでなく、東郷神社や明治公園、霞ヶ丘団地のノラネコたちも皆、相手を求めて走り回っているからだ(詳しくは、昨年10月21日の本欄参照)。

 今朝、生ゴミをコンポストに捨てるために庭へ行ったとき、ゴミの中に小アジの煮干が2~3匹見えた。昨年12月3日の本欄で書いた“高知産”の煮干だ。私はわが家のノラネコのことを思い出し、「出汁をとった残りだが、ノラネコにはご馳走だろう」と考えて、煮干だけコンポストには入れずに、庭の跳び石の上に置いておいた。案の定、半時間もたたないうちに漆黒のノラが1匹現れた。そして、周囲に気を配りながら骨まできれいに平らげてくれた。私は家の中からその様子を観察していたが、黒ノラは私と目が合っても動じない。かと言って、感謝の態度を示すわけでもない。人間との距離のとり方をよく心得ている、と感じた。

「人につかず離れず」というこのネコの習性を、嫌いな人と好きな人がいるようだ。ネコの側もそれを心得ていて、「この人間はネコ好きか否か」を上手に見分ける。そして、ネコ好きの人間には時々、媚を売る。そういう「人間とのつき合い方」をノラネコに対して一体誰が教えるのか? こんな疑問に対する答えを、ネコ族のDNAの解析によって科学者が突き止めたという記事が出ていた。

 7~8日付の『ヘラルド朝日』紙の伝えるところでは、900万年前に、ネコの先祖は現在のシベリアとアラスカを結ぶ陸地を伝って北アメリカへ渡り、その後、その子孫が再びアジアへ戻ってきたらしい。この2度の「渡り」のたびごとに、ヒョウのような猛獣だった先祖から、現在の様々なネコ科の動物--トラやライオン、そして家ネコにいたるまで--が次々に進化してきたというのである。特に家ネコは、猛獣的な性格を失う代わりに、人間に媚びて棲みかと餌をもらうという習性を獲得し、最も生存に有利な進化を遂げたらしい。現代に残っているその他のネコ族--ライオン、トラ、ヒョウ、チーター等--は人間との共存が難しいため、みな絶滅危惧種になっている。
 
 ネコの先祖が大陸間を「渡る」という表現は分かりにくいかもしれない。が、1100万年から600万年前の地球では、海面が今よりかなり低かったから、現在、島が点在している海域は陸続きだった、と科学者は考える。そして、このときにネコ族の最初の先祖がアジアから西へひろがってカラカル(オオヤマネコ)の系統を生んだ。そして東に移動したものは、北アメリカに達して、オセロット(ヒョウに似た斑点のあるヤマネコ)やリンクス(北米産オオヤマネコ)、ピューマの系統になったという。一方、アジアでは650万年前ごろ、新たにヒョウの系統が現れ、この系統から620万年前ごろに、アジアとアフリカに家ネコの系統が出現したというのである。この際、北アメリカからベーリング地方を経由してアジアへもどった種が、家ネコの系統を生んだとの考えが有力らしい。また、現在アフリカに棲むチーターは、北アメリカのネコ族を先祖としていて、約300万年前にベーリング地域を経由してアジアへもどり、そしてアフリカに棲みついたらしい。

 こういう話を聞くと、ネコ族がいかに「長い旅」をするかを思い知らされる。英語でノラネコのことを「stray cats」というが、この「stray」とは「群から離れる」とか「さすらう」という意味である。ネコ族は、地球上の広大な領域を何100万年もさすらい歩いた結果、猛獣から家ネコになり、今は人間とともに大都会に溢れている。そう考えると、彼らが厳冬の中を走り回ることは“先祖帰り”の一種で、何も不思議なことではないのだろう。
 
谷口 雅宣

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