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2006年1月 1日

イヌ年の初めに思う

 新年、明けましておめでとうございます。
 旧年中、皆さまには本サイトをご愛顧いただきましたことを心より感謝申し上げます。本年も変わらぬご支援・ご鞭撻を賜りますことをお願い致します。
 
「イヌ年」の初めの日に当って2つのことを考えた。

 1つは、生長の家の発祥の精神の一つである「日時計主義」をもっと強力に展開したいということだ。昨年5月13日の本欄で書いたことだが、今日のジャーナリズムは「人が犬に噛みつく」(犬が人に噛みつくのではない)ような異常な事件ばかりに注目し、「当たり前」の出来事の中に隠された素晴らしさには目もくれないのは、誠に残念である。もちろん、“社会の監視者”としてのジャーナリズムの役割が重要であることは言をまたない。が、社会の“異常”ばかりを取り上げることで“異常”が“正常”だとの錯覚を生んでいることは、見逃すことことができない。“異常”はあくまでも“異常”として取り上げ、“異常”が“社会の縮図”であるかのような取り上げ方は、改めてほしのである。

 大病をした人が痛感することは、体が健康で普通の生活が普通にできるということが、どんなに有難いかだ。私も歯を痛めたときに本当にそう感じた。大げさに言えば、歯が1本痛むだけで世界が変わってしまう。そういう時、「正常な生活」というものが、どれだけ多くの「当たり前」によって支えられているかが、はじめて実感できるのである。「普通に歩ける」ということが、どれだけ人間の尊厳の維持に貢献しているか、歩けなくなって初めて分かる。今日も夫や妻がそこにいるということ、家族が健康であるということ、仕事があるということ、食事ができるということ、暖房装置が動くということ、自動車が走るということ……そういう無数の“当たり前”を、我々は普段忘れていて、感謝する心を起さない。そこから世の中の「不満」や「争いごと」が起こる場合が、いかに多いことか。

 犬という動物は、飼い主に忠実なことで有名である。だから、逆に「飼い犬に手を噛まれる」という表現が生まれる。これは予想外のトンデモナイ出来事を指し、多くの場合、「信頼していた部下に裏切られる」ことを言う。そういうことは、部下の忠誠を“当たり前”として感謝せず、横柄な言動、冷たい仕打ちを続けていたりすると起こる。明智光秀の“謀反”を思い出す。しかし、こういう出来事は“当たり前”ではない。当たり前なのは、犬が今日も自分の声を聞くだけで尻尾を振ってくれることである。それに感謝し、飼い犬に愛情を注ぐことの方が、飼い犬を虐待して「手を噛まれる」よりも重要であることに疑いの余地はないはずだ。「日時計主義」は、“当たり前”すぎて何も感じなくなってしまったような、そういう人生の日常の諸々の些事にも「光が当っている」ことを認めて、称揚し、感謝するのである。
 
 生長の家は発祥の初めから、月刊誌や単行本、誌友会、講習会などを通じてそういう生き方を広めてきた。にもかかわらず、この「光明面を見て暗黒面を見ない」生き方は、まだ社会全体に受け入れられているとは言えない。そこで今年は、この日時計主義にターボチャージすることはできないだろうか? 従来の印刷媒体、放送媒体、行事などのイベントに加えて、もっと新しい媒体を利用するのである。具体的には、昨年11月28日の本欄で取り上げたように、昨今の「手帳ブーム」を利用したり、インターネットを重要媒体の1つに位置づけるのである。前者は、伝統的な「紙に手で書く」方法だから、個人の心に“深い”影響を与える可能性をもつ一方、後者は、先進的な「瞬時に世界に伝わる」方法だから、多くの人々の目に触れて“幅広い”影響を与える可能性をもっている。巷ではすでに両者を組み合わせた試みも行われているようであるから、研究・実験の価値は大いにあると思うのだが……。

「イヌ年」の初めに思う2番目のことは、「羊頭狗肉」をしない生き方である。私は、新年祝賀式の挨拶でこれを言った時、「羊の顔をした犬」という表現を使った。これには、ピンと来た人とそうでない人がいたようである。「羊頭狗肉」の「狗」とは犬のことである。日本には犬の肉を食う習慣がないので分かりにくいと思い、表現をひねって「羊の顔をした犬」と言った。「本当は犬の肉なのに、羊だと言って売られている」ことを羊頭狗肉というのである。昨年は、そういう詐欺まがいの大きな事件が多かった。“振り込め詐欺”は数年前から起きているが、一級建築士が手抜き工事を積極的に進めたという「耐震強度偽造事件」の悪影響は、新年に入っても続いている。また、隣国では、“一流”であるはずの科学者が、最先端分野であるES細胞の研究データーを捏造し、「ない」ものを「ある」として発表し、国家から多額の資金援助を得ていたことが明らかになっている。

 生長の家の運動では、まさかそんな詐欺はないと信じているが、運動目標達成を急ぐあまり、不正な数字を正しいとして発表することは「羊頭狗肉」に通じるものである。不正な手段を弄している限り、正しい目標には永遠に到達できない。今年こそ、不正のない明るい運動をしたいと心から思うのである。日時計主義を、正しく明朗に、新たなエネルギーと工夫をもって推進する--皆さん、そんな年にしようとは思いませんか?

谷口 雅宣

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コメント

新年お慶び申し上げます。年始に素晴らしいブログを読めて心躍りました。
日時計主義ダイアリー、あったら是非欲しいです!ピンクや水色、ひまわり柄とか、落ち着いた茶色などが良いです。大きさもA4とA5の大小あれば家と携帯用に使います。
キャッチコピーは「驚異の実現力!あなたと未来、周囲を明るくしてやまない日時計主義ダイアリー、奇蹟の手帳!」というのが浮かびました。
夢の実現(希望)の記入欄と毎日の日時計日記欄が同じページにあると、すごく嬉しいです。自分で感動したことをウェブの公式日時計日記欄に投稿して毎月日時計大賞を発表したり、この手帳で実現した夢などもウェブや教化部、講習会などで、投稿できるようにしたら、全国的に推進と同時にブレイクしそうだと思います。というより私は絶対使いたいです。
昨年末は忙しさにまぎれて忘れてしまいそうでしたが、正月に家族が元気に日々過ごせていることの有難さに改めて心から感謝できました。今年はこのまま日時計主義で頑張りたいと思います!感謝再拝。

投稿: 米山恭子 | 2006年1月 6日 19:55

米山さん、

 “日時計手帳”にご賛同くださり、有難うございます。なかなかアイディア豊富ですね。どうか白鳩会のブログの方にも提案してみてください。白鳩さんでも、手帳の製作をお考えのようですから……

投稿: 谷口 | 2006年1月 7日 13:30

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