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2005年12月11日

柿の葉寿司

 奈良の橿原市で行われた生長の家の講習会の帰途、京都駅で柿の葉寿司を買った。新幹線の車内での夕食のためである。最近は伝統的なサバだけでなく、タイやサケなどの寿司を柿の葉で包んだものがあるのが、変化に富んでいてうれしい。押し寿司の一種で、柿の葉に包まれた直方体の概観からは、中身の寿司の種類は分からない。その一つを手に取って、「何が出てくるかな」と期待しながら柿の葉を剥く楽しみもある。「柿食えば……」という有名な俳句にもある通り、奈良地方には柿の木が多いところから、その葉を利用したのだろう。
 
 食文化研究家の冨岡典子氏の著書『大和の食文化』(奈良新聞社、2005年)によると、大和地方では江戸時代からサバ寿司が作られていて、『和漢三才図絵』には元禄の頃に今井(現在の橿原市今井町)で、柿の葉を使わないサバ寿司が名物だったとの記述があるそうだ。柿の葉は紅葉するが、柿の葉寿司に使われる葉は紅葉していない。冨岡氏によると、この葉を取るのは田植えも終った7月上旬で、吉野地方の子供たちは柿の葉を集めに回り、その葉の水気を拭き取って準備の手伝いをしたそうだ。大人たちは寿司飯を作り、一口大に固く握って、上から酢に浸したサバの薄身を載せる。これを、柿の葉の表面を内側にして包み、寿司桶の中に隙間なく詰め込んでいく。桶がいっぱいになれば上から押し蓋をし、さらに重石を載せて一昼夜置く。作ってから3日目に食べるのが最も美味しいとか。
Kakinoha

 
 柿の葉寿司の老舗である中谷本舗(本店・奈良県上北山村)の栞にも、「夏祭りの時期には、庭の柿の木から葉を取り」とあり、寿司に使われるのは、緑色が鮮やかでしなやかな渋柿の葉だそうだ。しかし、今の時期の寿司に使われている葉は、それほど緑鮮やかでないから、恐らく冷蔵物なのだろう。渋柿のシブはタンニンという成分で、これが渋柿の葉には特に多いから、殺菌効果を発揮する。また、蛋白質を凝固させる性質もあって、サバの身を締めてくれる。なかなか合理的な製法だと言わねばならない。
 
 起源については、いくつか説があるようだ。中谷本舗の説明では、南北朝時代に後亀山天皇の玄孫が北山小檬の瀧泉寺に御所を構えたとき、土地の人々がサバ寿司を捧げに来たが、これを臣下に分け与えるための食器が足らず、柿や笹の葉の上に盛ったのが始まりという。冨岡氏が著書で紹介している起源は、もう少し時代が下がる--「江戸中期に紀州の殿様が熊野の漁師に重い年貢を課したことから漁師は、そのお金をひねり出すために、夏サバを塩で締め、吉野川筋の村に売りに出掛けた丁度その頃、夏祭りの時期と重なりお祭りのごちそうとなった」(p.37)。冨岡氏が中谷本舗の説明を採用しない理由は定かでない。しかし、あえて推測すると、氏の著書の別の箇所に、柿の葉寿司が普及しているのは「平野部の吉野川本流から五条・御所・高市の地方」(奈良県北西部)であり、同じ吉野郡でも「大塔・十津川・川上・野迫川などの村」(南西部)には普及してないと書いてあることと関係しているかもしれない。南北朝時代の奈良県南部の山地が起源であれば、こういう現象は説明しにくいということか。

 事の真偽はともかく、現代人の私は、冷蔵技術と大量生産の恩恵を受けて、高速で東上する列車の中で、季節外れの古の味を楽しんでいるのである。
 
谷口 雅宣
 

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コメント

奈良教区の講習会でご指導下さり、本当にありがとうございました。

奈良にいながら、柿の葉寿司のことについて、あまり詳しく知りませんでしたので、大変興味深く読ませていただきました。

奈良にいると、柿の葉寿司を販売しているお店の風景にしょっちゅう出会うので、かえって新鮮な印象を持たなくなっていましたが、今度、新たな気持ちで賞味してみようと思います。

投稿: 山中 | 2005年12月13日 15:28

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