売り言葉、買い言葉
私は、会社のLANの端末に向って派遣会社社員のシステム・エンジニアと話をしていた。
私の後ろに立って、肩越しに画面を覗き込んでいた彼は、
「それは、できないことはないですね」
と言った。
端末から入力した言葉を直接、特定の相手の画面に表示させる方法があると言うのだ。話をもっとよく聞いてみると、1人の相手だけでなく、LANにつながっているすべての端末機の画面に、リアルタイムで言葉を表示できるというのだ。だから、社内で100人が画面を見ているとしたら、私が端末から「おはよう!」と入力すると、その言葉が画面の右から左へ流れていくのを、社の建物のあちこちにいる100人が見ることができる。
「じゃあ、言葉の取引ができるかもしれないね?」
と私は言った。
「どういうことです?」
「広告文か何か考えてて、適切な言葉が思いつかない時でも辞書を引かなくてすむ」
「ちゃんと答えてくれる相手がいれば、の話ですが」
「そうだね。でも、ジャズのアドリブみたいに、予想外の言葉の組み合わせができるかもしれない」
「しかし、思いつかない言葉を、文字だけでどうやって人に聞くんですか?」
「例えば、僕がこういう言葉をみんなの端末の画面に流す……『今日は総務部長が出張中、○○○○な朝だ』」
「なるほど、○○○○の中に入る言葉を捜してるってことですね?」
「そう。で、文書課のK子がこれを受けて、『ウキウキする朝だ』と流す」
「なるほど、じゃあ別の……例えば経理部のS君が『専務がソワソワする朝だ』とやる」
「ふーん、君の考えた方が良さそうじゃないか」
「じゃあ、買いを入れてください」
「買い?」
「だって、取引でしょう?」
「そうか、S君の売り言葉を僕が買うわけだ。どうやってやろうか?」
「『Sのを買う』とか『Sを採用』とか流せばいいんじゃないですか?」
「うん、それでいい」
「言葉が売れたら報酬を出すのはどうでしょう?」
「なぜ?」
「その方が皆、まじめに考えてくれると思います」
「そうか。でもいちいち金を出すわけにもいくまい」
「ポイント制にしては? 売れるたびにポイントを増やすんです。で、その数を給与計算のプログラムと連動させる」
「なるほど。それなら実際に役に立ちそうだな!」
「でも、社長……」と、システム・エンジニアは言った。「ほんとにこれやるんですか?」
「何かマズイことがあるかね?」
と、私は聞いた。
「仕事の妨げになるんじゃないでしょうか……」
と、彼は上目遣いで言った。
「なーに心配することはない。ウチは言葉を売る商売だからね。いい練習になるさ」
「?……」
「つまり、広告会社だから」
谷口 雅宣
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