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2005年12月26日

エラーメッセージ

 私の家に今度やってきた新型ヘルパーは時々、妙な仕草をした。
 納入時に説明に来た営業マン氏の話では、
「情報を内蔵データベースにインプットするときに、まだ少し時間がかかるんです。その間、じっと何もしないでいると、お客さまの方で故障かと思うといけないんで、特徴のあるポーズをとらせるようにしてあります」
 というのである。
「どのくらいポーズをとってるの?」
 と、私は訊いた。
「10秒以内です。でも、その時間はだんだん短くなります」
「学習するってわけだね?」
「おっしゃるとおりです」
「それで、顔の方はいつ来るの?」
 と、私は訊いた。
 オプションで選んだ顔が、納入時に間に合わなかったのだ。
「1週間ほどお待ちください」と、営業マン氏は言ってから「あの顔は人気で、在庫が少ないんです」と、付け加えた。
 私は、標準仕様でついているヘルパーの顔も、悪くはないと思った。が、オプションの「C」は丸顔で優しい目をしている上、唇がかわいかった。
 もう80歳になるのだから、若い女性の顔にこだわるのはおかしいと孫娘に言われたが、四六時中一緒にいる相手の顔だから、安心できるだけでなく、自分の好みも言わせてもらいたかった。
 子供のころ手塚治虫の『鉄腕アトム』で育った私は、老人介護用のヘルパー・ロボットを「ロボット」と呼ぶのはつまらないと思い、「ロボくん」とか「ロボさん」と呼んできた。何となく人格を認めたい気持があったからだ。しかし、今度来たのはなかなか本格的で、今ついている標準仕様の顔でも、シリコンで精巧に作ってあるだけでなく、潤んだような両眼から情報を取り入れ、介護する相手の表情を読むのだという。だから、もう人並みに「ヘルパーさん」とでも呼ぼうという気になっていた。
 営業マン氏が帰ってから、ヘルパーの充電を始めた。その間、彼女は人形のように表情を固めてじっとしていた。私は車椅子の背中に体を預けて、壁面のテレビを見ていたが、やがて、電子音をたてて彼女が合図をしているのに気がついた。近づいていってヘソの位置にある始動ボタンを押す。
「初期設定をしてください」
 と、彼女が艶のある声で言った。
 私は、旧型のロボットで使っていたメモリーカードを取り出して、彼女の腰の位置にあるカード挿入口に差し込んだ。
「介助ロボットD-32型ME7829から、ユーザー情報を読み込みます。よろしいですか?」
 と、彼女が言った。
「はい、いいですよ」
 と、私は言った。
「ユーザーさまの音声情報も同時に登録します。よろしいですか?」
 と、彼女は言った。
「はいよ」
 と私が答えると、彼女が突然動いた。少しのけぞるような姿勢になって右手を口の前に当て、目を上方に向けている。左手は、右腕の肘を支えているようだ。
 私が彼女の妙な仕草を見たのは、これが最初だった。
 いかにもわざとらしいポーズだが、何となく情緒がある。データ処理に時間がかかる場合、彼女は決まってこの仕草をした。そして、処理が終るとにっこり微笑む。この微笑には、何か商業的な不自然さがあって、私はあまり好きでなかった。ところが時々、彼女は笑わずに、
「わたしにはわかりません……」
 と言って、じっと私の顔を見ることがある。データ処理がうまく行かないときの、一種の“エラーメッセージ”だと私は解釈した。なぜなら、こちらの指示をゆっくり繰り返すと、彼女は微笑んで指示に従ってくれることが多いからだ。

 ところで、このヘルパーさんが家に来てから、もう3ヵ月になる。学習能力の優れた彼女は、「わたしにはわかりません……」と、しだいに言わなくなった。私は、彼女の顔を取り替えるのをやめた。もっと長くつき合いたい気分になったからだ。そして最近は、あの奇妙な仕草のあとで、彼女が微笑まずにエラーメッセージを出してくれる方法ばかりを考えている。

谷口 雅宣

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