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2005年12月31日

今年を振り返って

「瞬く間」と言えば大げさだろうが、何かすごい速さで平成17(2005)年が終ろうとしているように感じる。私の仕事のパターンは、ほぼ毎週末に全国各地で行われる生長の家講習会を軸として、生長の家本部での毎月の重要会議の議長役と出版物への原稿執筆である。今年は2月に、公私両面で大きな変化があったので、それに対応するのに秋口までは大わらわだった。日記を見ると、去年の大晦日には「寒い一日」とあり、午後から雪が降ったと書いてある。元旦には積雪は3~5㎝になったようだ。1月には月刊誌『光の泉』で連載小説「秘境」を書き継いでいた。このころ都庁へも行き、児童福祉担当者から取材もしている。しかし、少し余裕があったのは1月までだった。

 2月は、16日に京都議定書発効して喜んだ。しかし20日に、熊本での生長の家講習会が終ってから、出張中の父が長崎の原爆病院へ入院したことを聞き、急遽、長崎へ飛ぶ。その後22日には、父は帰京して広尾の日赤病院へ移った。27日に行われた生長の家代表者会議では、参加者全員で父の平癒を祈った。

 3月には、4月末に出る単行本『足元から平和を』の校正作業が始まった。これと併行して、国際宗教学宗教史会議世界大会で初めて行うプレゼンテーションの準備を進める。また、ブログ形式での本欄が開始する。25日には同大会で発表した。4月に生長の家講習会で山形県へ行った帰途、「秘境」の取材のために鶴岡市へ行く。そして5月初めの生長の家の三全国大会への準備を進める。5月には、本サイトに「日々の祈り」の掲載を開始。24日に「秘境」を脱稿した。

 6月は、前年ブラジルで行われた生長の家教修会の内容をまとめる作業をするのと併行して、7月初旬に東京で行われる今年の教修会の準備が始まった。7月は5~6日に、生長の家教修会。その後すぐ、アメリカでの特別練成会の準備を開始。8月は、ニューヨークでの同練成会から11日に帰国。18~19日には、京都府宇治市での盂蘭盆供養大祭を執り行った。

 9月以降に、やっと余裕がでてきた気がする。といっても、毎週末、生長の家講習会で講話をする等の仕事のパターンは変わらない。また、父の原稿執筆が減った分をカバーするため、私の執筆量が1年前より増えた。これは、主として本ブログと「日々の祈り」を書き継ぐことで行っている。10月半ばから、単行本『小閑雑感 Part 4』の校正作業が始まった。また現在は、新年1月の半ばにある、ブラジルでの「世界平和のための生長の家教修会」の準備を進めているところだ。

 目を転じて世界全体の様子を振り返るならば、今年の最大の特徴は、地球温暖化に伴う気象変動が人類の経済活動を妨げるほど大きな影響を及ぼすようになってきたことだ。このことは、本欄でいろいろ取り上げてきたからいちいち例示しないが、台風やハリケーンの増加と“凶暴化”だけでなく、高山や極地の氷の溶解、氷河の退縮、海流の変化が、気候を激化させて洪水や旱魃や異常寒波を生み、現実に人間の活動に悪影響を与えている。それならば、この温暖化の“元凶”である化石燃料の使用を減らせばいいのだが、世界経済はむしろ化石燃料の使用増大の方向へと着々と進んでいる。その一方で、化石燃料--特に石油の生産量が頭打ちになっていることで、石油の値段が高騰したまま下がらない状態が続いている。そして、中国やロシア、インドなど、経済発展盛んな国々の二酸化炭素排出量は増えつづけている。

 外交問題に触れるならば、日本は、上に挙げた中国、ロシアに韓国を加えた「北西」に位置する国々との関係が難しくなってきている。その最大の原因は、小泉首相の靖国神社参拝に象徴されるような“ナショナリズムの台頭”であり、その民族感情が過去の戦争を正当化する方向に動いているからだろう。このような勢力は、日本の戦争責任を認めない。したがって、他国から見れば「日本は過去の行動を繰り返す恐れがある」と見られるのである。来年は「戌年」である。「戌」とは「北西」の方角を指す。来る年こそ、北西の国々と正しい関係を結ぶことが切に望まれる。そうしなくては、人類共通の最大の問題である地球温暖化の防止に、一致協力して取り組むことなどおぼつかないだろう。
 
谷口 雅宣

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コメント

掲示板に掲載されなかったのには理由があると思いますが、あえて、こちらに投稿します。「小泉首相の靖国神社参拝に象徴されるような“ナショナリズムの台頭”であり、その民族感情が過去の戦争を正当化する方向に動いているからだろう。」の一文についてですが、疑問があります。まず、“ナショナリズムの台頭”というのは果たして正しい認識だといえるのでしょうか。ナショナリズムとは国家主義とか民族主義とかを意味し好ましい印象でないことを前提に使われる言葉だと思いますが、なぜ、このような判断をされたのでしょうか?
今の日本は先人が生きたからあるのです。先人の生きた証を見た時、靖国神社参拝という行為も出てきているのではないでしょうか。戦後60年が経過した今、自分たちの歴史観は正しかったのかという検証の時代に入っているのだと思います。国内外を問わずにです。過去の戦争を正当化しているという誤解を与えるリスクを負うとしても、将来のために、自分たちの国の歴史の真実を知ってもらうことは必要だと思います。そもそも、小泉首相は過去の戦争を正当化してはいませんよね。

投稿: 早勢正嗣 | 2006年1月 4日 16:34

早勢さん、

 お久しぶりです。
 本年もよろしく、お願いします。

 掲示板は閉鎖しました。こちらへ書き込んでくださっていいのです。

 でも「ナショナリズム」という言葉が「好ましくない」という意味合いを含んでいるなんて、初耳です。私はニュートラルの意味で使っています。つまり、時と場合、また程度により「好ましい」か「好ましくない」かは変化すると思います。わが国にナショナリズムが台頭していることは事実ですから、事実をそのまま書いただけです。憲法改正の気運もナショナリズムですし、これは私は「好ましい」と思っています。しかし、過去の戦争を正当化するのは好ましくありません。

投稿: 谷口 | 2006年1月 7日 13:38

毎度の事ながら、下手な文章でご迷惑を思いますが、よろしくお願いします。

私は、「小泉首相の靖国神社参拝」を問題化することに、政治的な意図を感じます。小泉首相自身の靖国神社参拝コメントをそのまま受け取れば何の問題もないと思います。「慰霊と感謝」でしょう?参拝が戦前の日本の行為を反省しないという認識において実施されるものならば、その時点で国民が許す訳がないと思うのです。首相の言葉を信じなかった結果として、先生の言う“ナショナリズムの台頭”という現象があると思います。
 「日々の祈り」2005年12月24日には、“観を転換して”とありますが、つくづく思います。“観を転換する”と、テレビや新聞から得られる情報では、物事を判断するのには不十分であると思のです。靖国神社を知らない。戦犯の内容・背景を知らない。戦犯を作った東京裁判を知らない。知るということ・・・・・結構な労力を要します。
人々がお互いを信じられるよう、政治の世界が率先してほしいと思います。

投稿: 早勢正嗣 | 2006年1月 8日 18:37

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