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2005年12月24日

科学者の倫理性 (6)

 私の54回目の誕生日の朝、ついに出るべきものが出た。韓国のES細胞研究で“英雄”扱いされていたファン・ウー・ソク教授(52)の“画期的”研究成果が、実は捏造だったというソウル大調査委員会の発表である。ファン氏は「国民の皆さまに心から謝罪する」と言い教授職を辞任、私とあまり歳の違わない韓国科学者は“光”から“闇”へと転落した。同氏らの研究が“最先端”と言われていた理由は、①卵子からES細胞をつくる確率を飛躍的に向上させたことと、②患者の遺伝子と同一の遺伝子をもつES細胞を未受精卵から作成したことだが、この2つの成果は結局存在しなかったことになる。ソウル大の調査はまだ中間段階だが、同氏が昨年発表したクローン犬「スナッピー」の作成の真偽も疑われている。
 
 今日の先端的科学研究は、純粋に学問的であることは少なく、技術や特許と結びついて経済的利益を研究者に約束することが多い。また、そういう経済的利益をもたらす分野の研究に、企業や国家からの資金援助が集まりやすい。事実、ファン教授へのこれまでの政府の支援額は総計で約80億円に上るという。韓国の場合はこれに加えて、自然科学の分野で初めてのノーベル賞を得る可能性が喧伝され、“国民的熱狂”が研究者に圧力を与え続けたきらいがある。ファン氏自身も、そういう脚光を浴びるセレブリティとしての扱いを好んでいたふしがある。
 
 23日付の『ヘラルド朝日』紙は、この“ファン事件”と同時期にあった「世界初の顔移植」を手がけたフランス人医師が、やはり倫理問題を指摘されていることを取り上げ、マスメディアを使って科学的成果を華々しく打ち上げる戦術は、「科学研究の質を何世紀にもわたって維持し続けてきた退屈な科学の方法を、根本から歪めるものだ」とする批判者の声を紹介している。また、メリーランド大学の倫理学者、アディル・シャムー(Adil Shamoo)博士の次のような言葉を引用する--「科学者は、他の人々と同様に社会の圧力を感じています。だから、有名になることや金持ちになることを考えて判断を誤るのです」。

 私は、今回の事件がこの段階で発覚したことは、もっと後で分かるよりもよかったのではないかと思う。「悪業は悪果を生む」という法則が比較的早期に働いたことで、韓国女性からの大量の卵子提供(ファン教授の幹細胞ハブが始動すれば)が未然に防げただけでなく、人の体、特に生殖細胞を扱う研究では、成果を得るだけでは足りず、厳格な倫理的判断が求められるというメッセージが、多くの人々に伝わると思うからだ。
 
谷口 雅宣

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