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2005年11月14日

科学者の倫理性

 最先端の再生医療や生殖補助医療の研究をしている医師が、自分の研究に不可欠な試料を助手から直接得ていたとしたら、その研究は倫理的に正しいと言えるだろうか? もっと具体的に言おう。ある医師が、胚性幹細胞(ES細胞)と同等の機能をもつ細胞を得るために、助手の女性医師の卵子を使って研究することは倫理的に正しいだろうか?--そういう問題が今、韓国で起こっているらしい。11月14日付の『ヘラルド朝日』紙が伝えている。
 
 5月22日付の本欄で取り上げたが、この5月にES細胞研究の分野で“大きな進歩”があったとして伝えられたのは、韓国のチームがこれまでになく高い効率で、人のクローン胚をつくり、そこからES細胞を取り出すことに成功した。数字で表すと、このチームは2歳から56歳の患者11人の皮膚の細胞を使い、健康な女性の卵子185個から、患者9人と適合するES細胞を作成した。言い換えると、卵子10~20個で、1人の患者に適合するES細胞を作るという効率化を達成したのである。昨年2月、同じチームが242個の卵子からわずか1株のES細胞を作ったのと比べると、効率が10倍以上改善したわけだ。ところが、この研究で使われた卵子の一部が、研究チームの内部(あるいは周辺)の女性から提供された疑いが浮上しているのである。

 自分たちの研究のために、チームの一員の肉体の一部を使うことが許されるならば、それは研究チーム全員への“無言の圧力”となる。研究に必要な試料が入手困難である場合は、とりわけこの圧力は強く感じられるだろう。また、研究が成功すれば、いろいろな意味で研究チームは利益を得るだろう。その中には経済的利益もあるに違いない。すると、入手困難な試料を提供したメンバーは、結果的に金銭的な代償を得ることになる--恐らく、そういう点が問題視されているのだと思う。この韓国チームの研究に参加した米ピッツバーグ大学のジェラルド・シャッテン博士(Gerald Schatten)は、こういう問題がある可能性を理由に、チームから外れることを発表したという。

 記事ではさらに、この研究チームは25人からなり、チームに名を連ねている研究者の1人が、違法な卵子売買をしていた疑いで現在警察に調べられている医療機関の一つを経営していた、と書いている。この事件は、11月8日と9日の本欄で触れた事件だと思うが、定かでない。しかし、もしそうだとすると、200人以上の日本人女性がそれに関係していることになるから、決して“対岸の火事”ではないのである。
 
 同じ日の『ヘラルド朝日』のオピニオン欄では、ダライ・ラマ14世が「科学への信仰(Our faith in science)」と題して、科学と宗教の共存・協力の必要性について訴えている。それによると、今や科学はあまり高度に発達したため、我々の倫理的思考はそれについていけなくなっている。科学の発達は細分化し、専門家しすぎたため、その高度な科学的知識によって何をするかという決定を個人の(科学者の)判断に委ねておくのでは不十分になっている、というのである。私も同様のことを過去、何冊かの本に書いている。

 「子がほしい」という個人の願いを誰も批判することはできないだろう。また、その個人の願望をかなえてあげたいという医師の熱意は、称賛すべきものかもしれない。しかし、「どんな手段を使っても……」となると、話は違ってくる。現在の科学の力によれば、我々が昔から親しんできた宗教や道徳や倫理上の約束事・前提を、根底から覆してしまうような手段が使えるのだ。だから、科学の力をどこまで使い、どこからは使わないかの“線引き”を決める必要がある。それは社会全体に影響のあることだから、科学者も、宗教家も、企業家も、一般消費者も、膝を付き合わせ、合意して決定すべきことだと考える。その手続きが遅れていることが、今日の(特に日本の)大きな問題の一つなのだ。

谷口 雅宣

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