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2005年11月 9日

“悪”は隠しとおせない

 前回、卵子提供が好ましくない理由の1つとして、それによって生まれた子が成人した後に、「出自を知る権利」によって遺伝上の母親が誰であるかが分かる可能性が高いということを述べた。それは例えば、卵子提供者が中年になったある日、家族と暮らす家に突然、見知らぬ若者が訪れて、「あなたは私のお母さんです」と言われるということである。将来、そういう可能性があることを知りながら卵子を提供するのであれば、それはそれで本人の結果責任だ、と読者は考えるだろうか? 私は今回、韓国の卵子斡旋グループに卵子提供を申し出た女性たちが皆、そういう遠い将来のこともよく考えて決断したとは思えないのである。それよりも、当面の金銭的必要から、他に何の手段もない若い女性がそう決断した場合の方が多いと思う。新聞記事もそれを示すように、「グループはインターネット上に卵子売買サイトを開設して、クレジットカードの借金に苦しむ韓国女性などから卵子の提供を受けていた」(11月7日『朝日』)と書いている。

 インターネットはまた、思わぬ情報提供手段となるから、卵子提供者がたとえ将来にわたって医療機関で「匿名性」を保持しえたとしても、別の方面から匿名性が破られる可能性もあるだろう。11月3日付の『NewScientist』の電子版ニュースサービスは、将来のことではなく、今でもそれが起こりうることを示す記事を配信した。ただし、これは卵子提供ではなく、精子提供の場合である。

 「AID」(Artificial Insemination with Donor Sperm)とも呼ばれる精子提供は、これまで匿名性を条件に全世界で数多く行われてきたが、この記事は、それによって生まれた一人である15歳の少年が、DNA情報サービスやインターネット上の情報をたよりに、自分の遺伝上の父親の氏名や住所を捜し当てた、という内容である。少年はまず、自分の口の内側の粘膜をこすり取って、DNAから家系を調査するサービス会社にそれを送った。この会社からもらった自分の遺伝情報と、家にあった家系の情報、そしてインターネットを使った検索だけで、少年は自分の遺伝上の父親を特定したのである。これが可能だったのは、父親のもつY染色体は事実上、不変のまま息子へ引き継がれるからである。すると、自分の遺伝子のうちY染色体上にあるパターンが分かれば、それと姓や住所の情報をたよりに、父親を絞り込むことができるのだそうだ。

 この少年は、FamilyTreeDNA.com という会社に289ドルを支払った。少年の遺伝上の父親は、この会社に自分のDNAを提供したことなどなかったが、少年の父系に属する誰かが、この会社に登録してあれば情報の絞り込みは可能になる。支払いから9ヵ月後に、少年は自分のY染色体とパターンが酷似するという2人の男性から連絡を受けた。この2人は、互いに面識がなかった。しかし、2人のY染色体情報の近似から考えると、この少年と2人の男性は、同一の父親、または祖父、あるいは曽祖父をもっている確率が50%あると分かった。さらに重要なことは、2人の男性は同じ姓でありながら、スペルが違っていた。少年の母は、精子提供者の名前を知らなかったが、生年月日と出生地、そして大学の学位が何であるかを知っていた。そこで少年は、Omnitrace.com という別の検索サービスに頼んで、その生年月日にその地で生まれたすべての人の氏名を入手した。その中に、少年の探していた姓をもつ人は1人しかいなかった。

 現在「匿名性」を守られているはずの精子提供者であっても、今の情報社会ではこれほど簡単に住所や氏名が分かるのであれば、卵子提供者がこれから20年後にも匿名性を保持できると考えるのは難しい。こう考えていくと、卵子や精子の提供や売買は将来の社会の混乱の原因になるばかりでなく、提供者本人にも好ましくない結果を持ち来たす可能性が大いにあることが分かる。卵子や精子の売買は結局、他人を利用して自分の短期的損得を求める行為である。それは悪因だから、そこからは悪果が生じることを知るべきである。

谷口 雅宣

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