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2005年10月21日

ネコとの共存

 最近、家の庭に棲みついているノラネコの子とよく遭遇する。今年の夏に生まれた小ネコが“青年”に成長して跳び回るようになったからだ。以下、彼らを「中ネコ」(中くらいのネコの意)と称す。当初は4匹ほどいたのだが、最近見るのは2匹ぐらいか。親ネコのように人間への“遠慮”を覚えていないから、庭の飛び石のある所とか通り道でバッタリ遭うことが多い。例えば朝、私が前日の生ゴミをコンポストに入れるために勝手口から庭に出ると、一目散に逃げていく中ネコの白い後ろ姿を見る。また、出勤時に門のくぐり戸を開けようとすると、すぐ脇のサルスベリの木の根元から首を伸ばした中ネコと目が合ったりする。そういう時、私は大抵ネコの鳴き声を出して挨拶するのである。しかし、相手が親ネコの場合、特にブンチョウの小屋の近くで出会った時などは猛然と追い払う。

 私は彼らに敵意をもっているわけではないが、「ネコにはネコの居場所がある」ことを彼らに学習してもらいたいのだ。ネコは人につかず家につくとよく言われるが、もしそれが彼らの習性ならば家の近くにいるのはいいとしても、家の主である人間には遠慮してほしいのである。私たちの子供がまだ家にいた頃は、ネコ好きの彼らのために魚の煮干など手渡したこともあるが、今ではそういうことはしない。彼らはノラネコだから名前などついていないが、ネコ嫌いの妻は名前で呼ぶ。彼女はネコが家に近づいたり、メダカが入った水盤の水を飲みに来たりするのを見つけると、決まって「コラッ!」と大声を出し、足を踏み鳴らすのである。どんなネコにも同じことをするので、私は彼女に「あなたはネコに“コラ”という名前をつけたの?」と言ってからかう。ちなみに、彼女は自分の子供のことを「子等」と表現することがあるが、これは偶然の一致だろう。

 私たち夫婦はこうやってネコと共存しているが、都会でのネコの増加が問題になっているらしい。今日(10月21日)の『朝日新聞』は、東京・北区で「町ネコ」(ノラネコのこと)に餌をやるべきかやらざるべきかの議論が沸騰している、と伝えている。同区の保健所に寄せられるネコに関する苦情は昨年度354件あり、いちばん多いのが「ネコに餌やりをしている」というものだそうだ。それを餌をやる本人に言うのではなく「そっちで注意してくれ」と保健所に文句を言うのである。ネコが殖えるのが嫌な人、糞尿の臭いに悩まされる人がいる一方で、独り暮らしのお年寄りがネコに餌をやるのを生き甲斐にしている場合もあるという。

 そう言えば、生長の家本部に隣接する東郷神社には、町ネコ(寺ネコ?)が大勢いる。それに餌をやる老女がいて、太ったネコたちは幸福そうだ。また今朝、竹下通りから1本奥に入った「ラ・フォンテーヌ通り」を通った際、美容院の脇に停めてある自転車のサドルの上に白ネコが1匹、そのすぐそばにもう1匹が背中を丸めていた。明治公園にはネコ好きのホームレスのお爺さんが1人いて、3~4匹の町ネコを飼っている。一度、「餌はどうするの?」と聞いたことがあるが、答えは「餌をもって来てくれる人がいる」だった。明治公園の原宿駅側にある霞ヶ丘団地にも町ネコがいっぱいいる。団地内の公園の自転車置き場の裏に2匹ほど、団地の庭でも日向ぼっこをしているネコを何匹も見かける。皆、餌を適当にもらっている様子で満足気だ。

 明らかにネコは人間と共存している。彼らの“仕草”や“性質”が人間に好かれるように進化してきたからだろう。イヌのことを「人間の最良の友」と表現することがあるが、本当はネコの方が役者が上かもしれない。なぜなら、イヌを規制する法律はあるが、ネコにはそういうものがまだないからだ。

谷口 雅宣

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