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2005年10月29日

長崎ちゃんぽん

 長崎南部地域での生長の家講習会のために西海市のホテルに来ている。羽田から長崎空港までは当初、午後2時40分発のスカイネットアジア航空便だったが、それが欠航となったため急遽、日本航空の1851便に変更して来ることができた。が、このJAL便は予定より遅れて午後4時頃東京を発ち、長崎着は同7時半をすぎていた。それでも無事に来られたことはありがたい。明日の30日は、同市の生長の家総本山を初め、島原市の島原文化会館、五島市の福江文化会館、そして長崎市の生長の家長崎教化部を衛星放送で結んで講習会が行われる。
 
 長崎空港から宿舎まで自動車で送っていただいたが、外はすでに暗く、大村湾の美しい夕暮は望めなかった。その代わり、夕食を提供する「長崎ちゃんぽん」の店の看板を道路沿いにいくつも見かけた。長崎までの機中で読んだJALグループ機内誌『SKYWARD』10月号にも「ニッポン御当地ランチ食遊記」と題して、この長崎名物の麺の話が書いてあり、興味深く読んだ。

 その記事によると、ちゃんぽんの発祥は案外新しい。明治32(1899)年、長崎市の唐人屋敷街の跡地に中国福建省出身の26歳の若者、陳平順が料理店と旅館を兼ねた「四海楼」を創業した。彼は、これに先立つ7年間、身を粉にして働いて金をため、この2階建ての木造旅館を建てた。彼は、中国から来た多くの留学生の身元引受人になったが、学生らの食生活があまりにも粗末なことを見かねて、福建省の料理である湯肉絲麺(トンニイシメン)を基本にして、魚介類や野菜をふんだんに使ったボリュームいっぱいの麺料理を発案した。これがちゃんぽんの始まりという。

 名前の由来は定かでないが、福建語で「ご飯を食べる」という意味の「吃飯」(シャポン)から来たという説や、中国の鉦(かね)の音である「チャン」と日本の鼓の音「ポン」とを合わせて呼んだという説もあるとか。ちゃんぽんの元祖である「四海楼」は現在もまだ市内で営業しており、そこでのレシピーが紹介されていた:スープは丸鶏と鶏ガラ、豚骨を3~4時間炊いたもの。麺は、小麦粉に唐灰汁(とうあく)を混ぜて作る。これが独特の風味と、コシの強さを生んでいるのだろう。具材に決まりはなく、エビ、イカ、アサリ、モヤシ、キャベツ、キクラゲ等山海の食材をふんだんに入れる。もともとの湯肉絲麺が、具財に豚肉を使うのに比べ、ちゃんぽんは魚介を使う点、四つ足の肉を食べない私は気に入っている。だから、総本山から東京に帰る際、長崎空港の中華料理店でちゃんぽんや皿うどんを食べることも多い。

谷口 雅宣
 

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