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2005年10月19日

キンモクセイ散る

 10月に入り東京の住宅地を歩いていると、気づくことがある。甘いキンモクセイの香りがあちこちからほのかに流れてくるのである。まずその香りで気づき、それから周囲を見回し、小さな橙色の花をいっぱいつけた立木を見つけて「あ、こんなところにも……」と思う。その木の数の多さに驚かされるのだ。きっとあの家の人もこの家の人も、この芳香を楽しむためにキンモクセイを植えたのだ、と思う。そして、会ったことのないその家の人に、“同類”としての親しみを感じる。

 私の家の庭にも、背の高いキンモクセイが1本立っている。しかし西側の竹林の脇にあり、楓などの広葉樹に覆われているため、日照が足りなくて花をつけない。それでも、この時期になるとどこからともなくあの芳香が漂ってくる。妻に聞くと、隣の家にあるのだという。今年の3月、私の家の北側の花壇に手を入れたついでに、高さ1.2メートルほどの幼木をそこへ植えた。植えた年に花は期待できないと思っていたが、条件が良かったのか、10月の初めに花をいっぱいつけてくれたので、妻と2人で喜んだ。その花は、今はもう跡形もない。

 キンモクセイの花は、比較的短期でいぺんに散ってしまうようだ。花が散れば次は実が成るというのが普通だが、キンモクセイはイチョウと同様に雌雄異株で、ものの本によると、日本にあるのは雄株だけだという。実がなくても挿木で殖やせるからだろう。原産地の中国には雌株もあって紫黒色の小さい実ができるらしい。果実好きの私としては、ぜひ実を見てみたいと思う。
 
 さて、今日の東京地方は、ノロノロ運転の台風20号がやっと東へ去ったおかげで、久しぶりに雨が上がり、午後からは陽射しも差した。ということで、満を持してジョギングに出た。明治神宮外苑の周りを走っていると、歩道のあちこちに、オレンジ色の絵具をバケツで撒いたようなシミができている。近づいていくと、キンモクセイの花が散り敷いた跡だ。それだけの数のキンモクセイが外苑の道路沿いにあるのを、私は知らなかった。生長の家本部に隣接する原宿外苑中学の敷地にも1本立っていて、校庭から歩道にかけて橙色に染まっていた。こういう光景を目にすると、「自然はなんと贅沢か」と思う。香水をふんだんに撒くだけでなく、大量の絵具を大地にふりかけて、秋の一コマを演出する。

橙に木蔭染めたり木犀花

谷口 雅宣

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