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2005年10月20日

映画『亀も空を飛ぶ』

 神田神保町の岩波ホールでやっている映画『亀も空を飛ぶ』(Turtles Can Fly, バフマン・ゴバディ監督、イラン=イラク映画、2004年)を、妻と見にいった。サダム・フセイン統治下のクルド人居住地域が舞台で、何とも悲惨な状況の中にありながらも、クルド人の孤児たちがたくましく生きる姿を描いている。2004年サンセバスチャン国際映画祭グランプリ、2005年ベルリン国際映画祭平和映画賞などを受賞した作品で、物語が終り、アラビア語のタイトルバックが流れ続けていても、なかなか席を立てなかった。平和で安全で、何ごとにも満たされた日本の映画館にいる自分と、スクリーンの向こう側に展開していた迫害と地雷と、何ごとも欠乏している世界との落差があまりに大きく、心の調整に時間がかかったのだと思う。

 トルコとの国境に接した村と、そこにある難民キャンプの様子が画面に繰り広げられる。社会的、客観的条件から言えば“この世の地獄”と呼んでも過言でないような場所だが、自然はあくまでも美しく、人々--特に子供たち--は明るい。もちろんケンカや争いはするが、都会の貧民街のような陰湿さはない。彼らは、国境地帯に埋められた地雷を掘ったり、破壊された軍用車、戦車、砲弾の薬莢などを集め、それを転売したりして暮らしている。そういう何十人もの孤児たちを、奇妙に大人びた、しかし顔はかわいい少年がまとめている。そこへある日、暗い影のある少女と腕のない兄、目の見えない赤ん坊の3人連れがやってきて、様子が変わる。子供たちのリーダーの少年がこの少女に恋心を抱くが、少女は心を動かさない。その理由がしだいに明らかとなる。

 ストーリーを細かく書くことは避けるが、少女はイラク軍の兵士の子供を生み、育てながら、自分の運命を呪っている。そんな少女のために尽くそうとするリーダーの少年の心が真っ直ぐなことが、印象に残る。結局、イラク戦争が始まって、米兵がこの地域を“解放”するのだが、米軍とともに来るはずの「自由」や「民主主義」などの抽象的な概念と、子供たちが本当に必要としているものとの際立った差が描かれながら、この映画は終る。
 
 まぁ、以上は私の解釈を混ぜた簡単な“筋”だ。この映画は、見る人それぞれが違った解釈をするのだと思う。が、いろいろな解釈が可能である中で、日本人がこの映画を見ることで共通して得られるものが1つあるのではないか。それは、我々の想像を絶する条件下で必死で生きている子供たちが、世界には大勢いるということを知ることである。そのことを抽象的に理解するのではなく、映像を通して難民の視点で見、主人公を通して心で理解した後、自分や自分の子が彼らだったら、今何ができるか、何をしてほしいかを考えてみることは大切だと思う。
 
 谷口 雅宣

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コメント

 先生が3年前にご覧になったこの映画を遅ればせながら、昨日観てきました。先生の仰るとおり、世界中には、私たち日本人には全く想像することができない環境でいきている子どもたちが、大勢いることを改めて思い知らされました。
 クライマックスで手のない兄が泉まで走る姿と、崖の上で妹の残した靴を口で拾う姿が目に焼き付いて離れません。

投稿: 大平收一 | 2008年8月30日 10:40

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鑑賞した日 : 10月29日土曜日 鑑賞した劇場 : シネマスコーレ(12:40〜)   信じられないほど疲れました。この疲れは長編のつまらない作品を観た時の疲れとは違います。呆然となり自分のおかれている状況が分からなくなりました。凄い作品を観てしまった…。....... [続きを読む]

受信: 2005年11月 1日 22:45

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