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2005年9月22日

ジャーナリストの魂

 アメリカのABCニュースのアンカーマンを長くつとめた、故ピーター・ジェニングス氏の追悼番組をNHKが放送した。ジェニングス氏については、本欄の4月6日と8月8日ですでに触れているが、私の知らない彼のジャーナリストとしての側面が詳しく紹介されていて、興味深かった。

 特に印象に残ったのは、彼が9・11以降に急速に戦争へと傾いていくアメリカ世論を相手にしながら、自分の信念を曲げずに「アルカイーダとイラクの関係」や「イラク国内の大量破壊兵器の存在」などについて、懐疑的な視点から報道を続けたという点である。そのため、彼の報道姿勢を批判する電子メールがABC放送に殺到し、同社の看板番組の一つであった夕方の「世界のニュース」の視聴率はどんどん落ちていった。これに対し、政府の“テロとの戦争”を積極的に擁護したフォックス・テレビはニュースの視聴率を上げていく。彼はABC放送の重役でもあったから、こういう状況に責任を感じていたに違いない。しかし結局、彼のジャーナリストとしての“勘”が正しかったことが、今では証明されている。

 ジェニングス氏はまた、調査報道によってタバコの害を追究し、フィリップ・モリスを初めとする米タバコ産業の態度を一変させるのに、大いに貢献したそうだ。タバコ会社自体の公式見解が「喫煙は健康に有害かどうか分からない」から「有害である」に変ったのだ。彼が若い頃から喫煙していたことは既に書いたが、最初の喫煙が11歳の時というのは驚きだった。自宅にあった祖母のタバコを吸ったのだいう。そして結婚後、タバコの害を知ってから大変な苦労をして禁煙する。この体験を背景にしての取材だから、相手には相当迫力があっただろう。自分が正しいと思うことを曲げずに丹念に取材し、根気よく相手を説得し、冷静に報道する。そういう姿勢にジャーナリストの原点がある、と感じた。

 カナダ人である彼が、アメリカの3大ネットワークの一つのアンカーマンだったことは、彼への反感の一端をなしていたのかもしれない。しかし、番組のナレーターが言っていたように、この立場の違いは、米政府の政策に対する冷静な距離感を生み、かえって優れたジャーナリズムの伝統の継承に貢献したとも考えられる。そのことを意識したからかどうか知らないが、アメリカ憲法を常に肌身離さず携帯していたジェニングス氏は、同時多発テロから2年後の2003年にアメリカ市民になった。

 彼が高校中退であったことはすでに述べたが、その後の長い海外特派員経験にもかかわらず、この「正式な教育を受けなかった」というハンディキャップは、ジャーナリストとしての彼の仕事にどう影響したのか--番組を見ていて興味をもった。というのは、番組で流れた彼の取材風景の一部にオカシな点がいくつかあったからだ。一つは、ヘンリー・キッシンジャー氏にスタジオでインタビューする際、キッシンジャー氏を「レーガン時代の国務長官」と紹介したことだ。キッシンジャー氏は即座にその誤りを訂正したが、取材相手に対するそういう基本的な情報不足は、「教育」面だけからは説明できない。また、イラク戦争を現場から報道しているとき、アメリカ軍の将軍に対して「あなたの部下は死ぬことはないのか」とか「あなたがサダム・フセインだったら大量破壊兵器をここで使用するか」などという質問を発したことだ。彼は無知を装い、相手の反論を誘うためにそういう質問を投げかけたのか、それとも政治と軍事の区別について基本的知識がなかったのか、答えは今となっては闇の中だ。

 しかし、本当の事情が後者であったとしても、そのことを恐れずに、権力者に対して自分の信念をぶつけていく態度を失わなかったことが、ジェニングス氏をして一流のジャーナリストたらしめた最大の理由ではなかったかと思う。

谷口 雅宣

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