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2005年8月13日

歴史教科書の見方

 今日(8月13日)の『産経新聞』は、扶桑社の中学校用の歴史教科書を東京・杉並区の教育委員会が採択したことを1面で大きく報道している。まぁ、自社と関係の深い出版社が出した教科書の採用を喜ぶ気持は分かるが、新聞社が“客観報道”をあまり重視していないことをさらけ出すようで、何となくしっくりしない。これに対して、『産経』とは報道姿勢で対極をなす『朝日新聞』は、東京の地方版のトップでこれを伝え、「今回は4年前とは逆に、3対2で同社版の採択が決まった」と事実を伝えた後に、反対3、賛成1の割合で関係者の意見を掲載している。こちらも“中立の立場”とは決して言えないだろう。そもそも私は“中立の報道”などありえないと考えているから、世の中の出来事を本当に中立的に知ろうとするならば、新聞もテレビも本も、複数のソースに当る必要があると思い、新聞は上記2紙を併読している。

 ここ数年続いている歴史教科書の問題は、すでに相当“政治化”していて、特に今の時期は首相の靖国神社参拝とからんだ外交問題とも関係し、さらに言えば、今回の自民党の内紛、解散・総選挙とも関係してくるだろう。そういう意味では、私の本欄での発言が特定の政治勢力を擁護する印象を与えることは極力避けたい。しかし、将来の日本を担う若者に過去の日本の歴史をどのように伝えるかという重要な問題に対して、「政治化」を理由に沈黙を守るというのも無責任の誹りを免れないと思う。そこで、ここではできるだけ分かり易く、私のこの問題についての理解の“大筋”を述べ、読者の皆さんの参考に供したいと思う。

 対立の一方の立場は、かなり明確だと思う。それを単純に言えば、①「戦後日本の教育は左翼の“自虐思想”の浸透に貢献してきたから、それを“正常”にもどすために、戦前の日本で認められてきたことで現在も価値あるものは教育に復活させるべきだ」ということになるだろう。これに反対する立場を単純化して言えば、②「戦後日本の教育は、思想的な面ではあまり問題なく行われてきたのに、最近になって戦前の思想や戦争を美化する勢力が増えてきて、歴史教科書の内容を変えようとしている。そんなことを許してはならない」となるだろう。この2つの立場は、複雑な問題を強引に単純化しているので不充分な点が多くあるが、問題整理の一助として掲げた。私は、この2つのいずれにも欠陥があると思う。①の欠陥は文章の後半で、「戦前の日本で価値あるとされてきたことで、現在の日本でも価値あるとされるものは何か」について、必ずしも明確に述べていないことである。これでは、②の立場の人が抱く「戦前と同じ社会にもどそうとしている」という不安を払拭できないだろう。

 ②の立場の問題は、文章の前半にある「戦後の教育は、思想的な面であまり問題がない」という認識である。日本の戦後の教育は、日本の現代史を真面目に教えなかっただけでなく、「日本の現代史は教える価値がないほどつまらない侵略戦争の歴史だ」という印象を生徒に与えてきた。私自身がそういう教育を受けた。しかし、現在ではもちろんそう思っていない。日本の歴史は現代史こそが重要であり、日本人は、ここで起こった善も悪もすべてをよく理解し、善を伸ばして悪をはびこらせない努力をすべきだと思う。そういう意味では、歴史教科書は、現代日本の善も悪もひっくるめてきちんと教えることが重要だと思う。このことは、大東亜戦争(あるいは太平洋戦争)を含めたその前後の歴史についても言える。こういう基準から話題の歴史教科書を読んでみると、その記述の内容には残念ながら“合格点”をつけることができない。

 あまり細かな点は取り上げずに、要点にとどめよう。扶桑社の教科書は、大正デモクラシー後、日米開戦に踏み切るまでの日本社会の“潮流”について、ほとんど記述がない。私が言っているのは、社会がどのように動きながら戦争に突入したか、ということである。もちろん、同社の教科書には西田幾多郎、柳田国男、谷崎潤一郎、芥川龍之介などの文化人の記述はある。しかし、普通の日本人が満州移民をどう考え、満州事変をなぜ擁護し、右翼テロや一部将校の叛乱をどう評価したのか。当時の言論や出版の自由はどうだったのか。また、それはなぜそうなったか等のことに、まったく触れていない。だいたい、この教科書には「軍国主義」という言葉が一切出てこないのである。これは、教科書の執筆者が「戦前の日本に軍国主義は存在しなかった」と考えていることを示すのだろうか?

 この点、平成元年の検定を受けた東京書籍の教科書には、次のようにきちんと書いてある:「言論や教育の面でも、思想上の取りしまりがますます強くなり、戦争に反対する意見を述べることもできなくなった。大部分の国民は、政府の発表や、新聞・ラジオなどの統制された報道によって、戦争の勝利を信じ、戦争を続けることに疑いを持たなかった」(P.281)。

 もう一つ重要な点を挙げれば、同社の教科書は、大東亜戦争終結に当って昭和天皇が重要な役割を果たされたことは「聖断下る」と題して記述しているが、それでは同じ戦争の開戦に当って、軍の統帥者である天皇御自身がどのような役割を果たされたかについて何か書いてあるかというと、これには全く触れていない。そこではハル・ノートを説明した後に、「これを最後通告と受けとめた日本政府は、最終的に対米開戦を決意した」とあるだけだ。これはなぜだろうか? 昭和天皇は開戦と終戦の双方ばかりでなく、戦争中も軍の統帥者として大変重要な役割を果たされているのだから、1つのことを書くならば、他の2つのことにも触れる必要があると思う。この問題は、日本が近代国家として初めて独自に考案した「大日本帝国憲法」の規定の根幹に触れるものであり、ひいては戦前の日本社会全体の動きと深く関連している。そういう問題意識が感じられない点、はなはだ残念である。

 このほかにも書きたいことは多くあるが、他の教科書を擁護するつもりもないので、この辺で終りにしたい。最後に結論的に言えば、扶桑社の教科書は上記の①の立場に限りなく近いように見えるので、よい所も多々あるが、戦争を擁護しない立場の私には推薦することができないのである。

谷口 雅宣

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