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2005年8月29日

再生医療の“分水嶺”?

 患者本人の骨髄から採った幹細胞で心筋梗塞の治療に成功した埼玉医大の治療例が報告された。心強い限りである。使えなくなった臓器や組織を再生して治療する「再生医療」が注目されているが、従来の考え方は、受精卵から採る胚性幹細胞(ES細胞)や中絶胎児から採る胎児細胞などに患者の遺伝子を組み込むことで拒絶反応を抑え、治療に使うというものだった。しかし、過去の本欄で何回も書いたように、この方法では「他人の命や肉体を犠牲にして自分を治す」という倫理的な問題が解決できない。ところが今回の治療例は、患者自らの生命力と潜在能力をフルに生かし、他人の組織や臓器を必要としない再生医療への新しい道が見出せるという点で、特筆に値する。8月27日の『朝日新聞』夕刊は、「心臓移植以外に回復の見込みがなかった重い心筋梗塞などの人にとって、拒絶反応の心配がない自分の細胞を使う再生治療が新たな選択肢に育つ可能性が示された」と評価している。

 私は『今こそ自然から学ぼう』(2002年刊)の中で、「卵子、精子の操作」「ヒト胚の利用」「ES細胞の研究」「クローン胚の研究」「死亡胎児の利用」にすべて反対した。その理由の一つは、上に書いたように「他人の犠牲の上に成立する医療」が倫理的でないからである。また、もう一つの理由は、これらの研究は「霊魂」の存在を無視する唯物論にもとづいているからである。もっと別の言い方をすれば、受精卵やヒト胚のように「痛覚が発達していない段階の人間は、他人の治療の手段として利用して構わない」という考え方が社会に蔓延することに反対するからである。私は、現代の先端医療のすべてに反対しているのではない。だから、『今こそ……』の中では、上記の2つの問題のない「成人幹細胞」(成人の体内にある種々の幹細胞)の医療への応用を訴えている:

「例えば、骨髄の中にある幹細胞は、これまで血液を作るだけの能力しかないと考えれてきたが、最近の研究では、これが神経細胞、心筋細胞、さらには骨格筋細胞にまで変化する能力があることが分かった。また、皮膚にある幹細胞は神経細胞、筋肉細胞、そして脂肪の細胞になる能力があることが明らかになった。さらに、人間の皮下脂肪の中にも幹細胞があり、これは筋肉や骨、軟骨になる能力があることが分かってきた」(同書、P.264)

 この文章は2001年8月に書いたものだが、あれから4年たって、当時の研究が漸く実用段階にまでこぎつけたわけだ。関係者の皆さんの努力に大いに感謝し、喝采を送りたい。

 再生医療の分野では、上記の発表の数日前に、ES細胞から患者の細胞を分化させる効率的な方法が開発されたと報道された。この研究では、特定の人の皮膚細胞を既存のES細胞と“融合”させることで、その人の遺伝子を取り込んだES細胞が神経や筋肉、消化管など多種の細胞に分化することが確認されたという。この方法の優れている点は、新たに受精卵や卵子を破壊することなく、既存のES細胞さえあれば、移植患者に合致した細胞を分化させることが可能になりそうな点だ。そういう意味では、従来のものより“より倫理的な方法”と言えるかもしれない。

 これまでES細胞を治療目的に使う場合は、まず「クローン胚」を作成した。それは、患者の体細胞(精子や卵子などの生殖細胞でない細胞)から抜き取った細胞核を、除核卵細胞(核を除いた卵子)に移植した後、電気刺激などを与えることで細胞内物質を融合させて作る。そのために、他人から卵細胞をもらう必要があった。また、クローン胚ができた場合、これを他人の子宮に移植すればいわゆる“クローン人間”ができるという点が、論議を呼んでいた。今回の方法では、この2つの問題点を解決できる可能性があるという。8月23日の『朝日』夕刊に載った記事によると、今回の方法でできた融合後の細胞は、まだ皮膚細胞とES細胞双方の遺伝情報をもつという。だから、移植による拒絶反応を起さないためには、ES細胞側の遺伝情報を除かなければならず、それが今後の課題らしい。

 この2つの実例により、今後の再生医療が、受精卵や卵子の利用をしない方向へと発展してくれることを望んでいる。

谷口 雅宣


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