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2005年8月19日

催眠鎮痛法の不思議

 宇治の盂蘭盆供養大祭の4つの御祭を終えた。聖経を1日4回読むことは珍しいが、30℃を超える暑さの中で読誦していると、一種の“トランス状態”に近くなって却って暑さを感じなくなるものである。そんな時、気がつくと『天使の言葉』に出てくる催眠術の話の箇所を読んでいたりする--

 肉体に若し催眠術を施して
 彼の念を一時的に奪い去れば、
 針にて刺すとも痛みを感ぜず、
 メスにて切るとも痛みを感ぜず、
 無痛刺針、無痛施術等自由自在に行わるるに非ずや。

 子供のころ『天使の言葉』を読んでいて、この箇所とロンブロゾーの実験の箇所が印象に強く残っていたのを思い出す。「催眠術」という言葉は、「忍術」とか「妖術」とか「交霊術」のような何か“異様”で“異常”な手段のようなニュアンスをもっているが、最近はその医学的効果が認められて、きちんとした医療行為の一部としてヨーロッパの一部の病院で利用されているらしい。『NewScientist』の8月6日号が、4ページを使ってその報告記事を書いている。

 ベルギーのある病院では、「催眠鎮痛法」(hypnosedation)という処置によりすでに4800例を超える手術をしているという。これは、局部麻酔と微量の麻酔剤を併用することで全身麻酔をせずに手術する方法らしい。全身麻酔には、手術後の認知や記憶能力に悪影響が出たり、傷の回復が遅れるという副作用があるため、別の方法を模索していたという。また、全身麻酔を経験した人は、後年になってアルツハイマー病やパーキンソン病のような神経細胞が退縮する病気を発病しやすいとの研究結果もあるらしい。さらに、麻酔剤は体の免疫系にも悪影響を与えるとの報告もあるという。これに対し、催眠鎮痛法の長所には、出血が少ないので手術がしやすいという点が挙げられる。麻酔剤を使うと、体に傷をつけると血管が収縮するという自然の反応が麻痺してしまうので、出血が多くなるらしいが、催眠鎮痛法ではそれがない。また、全身麻酔の際は人工呼吸器をつけねばならないが、この機械は胸に圧力をかけるので出血を促進してしまう。しかし、催眠鎮痛法では、患者は自分の力で呼吸するので、この問題がない。さらに催眠中の患者は意識があるので、体の位置を変えるとか、瞼を動かすなどして手術に協力することもできるという。

 催眠術が痛みを和らげる理由については、実はまだよく分かっていないらしい。最近脚光を浴びているfMRI(機能的核磁気共鳴映像法)による脳の研究では、催眠中とそうでない人の痛みに対する脳内の反応には大きな違いがあることが分かっている。痛みが直接伝わる脳の領域の反応は、両者の間に大差はなくとも、高度な機能を司る脳の領域には大きな違いが見られるらしい。また、痛みの感覚は催眠中に制御することもできるという。例えば、心の中に痛みを調節する“ダイヤル装置”を思い描き、そのダイヤルを心の中で操作して痛みを和らげる方向に回すことで、実際に痛みが減少するとの実験結果もあるらしい。こういう医学上の実験のことを知ってみると、『天使の言葉』にある「物質にあり得べからざる痛苦を物質なる肉体が感ずるは、唯『感ずる』と云う念あるが故なり」という言葉の重たさがよく分かるのである。

 体の中にメスを入れる手術でさえ、心の持ち方で痛みを制御できるのだから、夏の暑さでヒーヒー言ってばかりいてはいけないのだ。聖経読誦に限らずとも、何か生産的なことに熱中して夏の暑さを吹き飛ばそう。

谷口 雅宣

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