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2005年8月 8日

アンカーマンの死

PeterJennings
 アメリカのABC放送で20年以上もアンカーマンを勤めていたピーター・ジェニングス氏(67)が亡くなった。4月6日の本欄では、彼が自分のニュース番組で肺ガンの治療のためにアンカーマンを降りると発表したことを伝えたが、それからわずか4ヵ月後の死亡だった。8月8日付の『ニューヨーク・タイムズ』は彼の死を1面で報じ、CNNは1日中、彼の追悼番組を流していた。アメリカのマスメディアがそれほど彼の死を悼むのは、彼が映像ジャーナリズム界のスーパースターであり、対外的にも“アメリカの顔”であり続けてきたからだ。また、昨年12月にNBC放送のトム・ブロッカウ(Tom Brokaw)氏が、今年3月にCBS放送のダン・ラザー(Dan Rather)がアンカーマンとしての現役を去り、そして今、ジェニングス氏の死で、アメリカのニュース報道の歴史の一幕が閉じられたとの認識があるからだろう。日本では、これほど長い間、人気を保ち、ニュースの“顔”として一世代と共に生き続けてきた人は思い浮かばない。

 ここからは彼を「ピーター」と呼ばせてほしい(理由は4月6日の本欄参照)。CNNの報道によると、ピーターが降板を発表した時には、肺ガンはすでに手術できない状態にまで広がっていて、化学療法と放射線治療による回復が期待されていたという。ABCは、ピーター降板の後も、夜のニュース番組のタイトルを「ABC World News Tonight with Peter Jennings」という従来のものから変更せず、代役のアンカーマンはニュースの最後にいつも「ピーター・ジェニングスとスタッフの代りにご挨拶します」という言葉を添えてきた。それほど彼の存在は同社にとって大きかったと言える。ニールセン・メディア調査によると、ピーターの人気の最盛期は90年代前半で、その当時は1400万人近くのアメリカ人が毎晩、彼の夕方のニュースを見ていたという。その後、ケーブル・テレビの登場やインターネットの普及で視聴率は下がっているものの、9・11などの大事件が起こるたびに視聴者はテレビニュースにもどってきているようだ。

 ピーターは7月29日が誕生日だから、67歳になってすぐの旅立ちだった。1938年生まれのカナダ人で、父親のチャールズ・ジェニングス氏はカナダのCBC放送の重役で、ラジオ・ニュースの開拓者だった。その関係からか、彼はすでに9歳の時にラジオ番組をもっていた。17歳で高校を中退してジャーナリズムの世界に入ったようだ。24歳の時には、カナダのCTVニュースのキャスターとなり、父親のもつネットワークとライバル関係になった。2年後、アメリカへ移ってABCの放送記者になるやいなや、2年もたたないうちに夕方のニュースのアンカーマンの一人になり、CBSのウォルター・クロンカイト氏などの一流アンカーマンと視聴率を争う関係になった。その後、10年以上は海外での特派員生活をする。この間、ピーターは現場での教育をみっちり受けて国際問題に詳しい一流のジャーナリストになる。夕方の国際ニュースのアンカーマンとなったのは1983年だ。そして2003年には、カナダからアメリカへ移籍した。

 個人生活では、いろいろ噂になったこともあるようだ。3回離婚し、4番目の妻はABCテレビの元ディレクター、ケイシー・フリード氏だ。3番目の妻との間に2人の子がいる。自宅は、ニューヨーク市マンハッタンのアッパー・ウェストサイドと呼ばれる高級住宅地。仕事場のABC放送へは歩いて行ける距離だ。

 ところで、私たち夫婦は今日、研修会後のフリータイムをマンハッタンで一日過ごしたが、このアッパー・ウェストサイドのすぐ向い側にある「タバーン・オン・ザ・グリーン」というレストランに、昼食に行った。セントラル・パークの中にある店で観光コースに入っているのか、旅行客で店内は溢れていた。空は薄曇りで、気温は30℃に達しない過ごしやすい日だった。木陰の窓辺で談笑しながら食事する人々は、誰もこのアンカーマンの死を話題にしているように見えなかった。時代の終りとは、静かに過ぎ去るものかもしれない。

谷口 雅宣

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コメント

ピーター・ジェニングス氏のことは二年ほど前からNHK衛星放送で時々見て、知ってはいましたが、アメリカのABC放送で20年以上もアンカーマンを勤めていて、アメリカの映像ジャーナリズム界のスーパースターだったことは、恥ずかしながら、知りませんでした。

氏の訃報は私も日本の新聞で知りました。

ほんの数年前から英語ニュースをぼちぼち見始めただけの私には、アメリカの三大アンカーマンの時代のことは、実はあまりピンとこないのですが、そんな私でも強い印象を受けているのは、PBS放送のジム・レーラー氏です。昨年のアメリカ大統領選の確か第1回のテレビ公開討論で、司会役を堂々と務めている様子がとても印象的でした(あの時はたしか外交政策が討論のテーマでした)。

あのような人材がアメリカで輩出されるのは、やっぱりディベートが盛んに行なわれる風土がアメリカにあるからかなぁ…と思っている次第です。

投稿: 山中 | 2005年8月11日 07:11

山中さん、

 数年前から英語のニュース、ですか。
 何か目的があって始めたのですか?

投稿: 谷口 | 2005年8月12日 13:44

はい、大学教員・研究者という仕事柄、英語の読み書きだけではなく、英語で自由自在にディスカッションできるようにもなっておかなければと思いまして…。まだ留学したことはないのですが、今は週に一度、ECCの時事英語クラスに通っています。

投稿: 山中 | 2005年8月12日 21:12

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