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2005年8月21日

難波田龍起展

 新宿の東京オペラシティーでやっている「難波田龍起展」を妻と一緒に見に行った。抽象絵画で知られるこの画家について、私は事前に何も知らなかった。が、「生誕100年記念」と銘打った展覧会だったので、ある芸術家の一生を作品とともに概観できるいい機会だと思って足を運んだ。先入観や予備知識が何もないものと“遭遇”することで、思わぬ刺激を受けることがある。それを半ば期待していたのだ。期待は外れなかった。私は抽象絵画をあまり理解しないが、この画家がギリシャ彫刻や風景画から入って、ピカソのキュービスム的な絵を経由し、焼物や陶版画を経験して、抽象画へと入っていく道程を見ることで、何となくこの画家の精神の動きを理解したように思う。特に、灘波田画伯は、69~70歳にかけて2人の息子を相次いで亡くし、その衝撃から立ち直ろうと制作に没頭、大作を次々に生み出していくが、その“気魄”が如実に感じられる作品には感動した。

 もう一つ強く印象に残ったのは、この画家が90歳を越えた晩年、体調を崩して入院し、日記の代わりに葉書大の抽象画を連作した「病床日誌」だ。ベッドで油彩は使えないから、それに代わって色のサインペンと色のボールペンによる細かい線描で、絵の奥から何者かが浮きあがってっくるような効果をもった作品群だ。最期の最後まで絵を描き続けるという画家の表現への情熱には、感嘆させられた。

 かつて本欄の前身である『小閑雑感 Part 3』で「ヒトはなぜ絵を描くか」について少し触れたことがあるが、その時、絵は「文字以前のコミュニケーションの手段」だという説を紹介した。この場合のコミュニケーションの相手は、必ずしも人間とは限らない。宗教的な儀式の際も「絵」が用いられることがあるから、人間を超えたものへの伝達手段としても絵が描かれたということだ。このことを描き手の側から表現すると、画家は自己を超えたものに到達するために絵を描く、と言うこともできるだろう。自分の死期を知った画家は、毎日絵を描くことを通して一体何をしようとしていたのか……私はただ想像することしかできない。

 展覧会を見た後で、同じ建物内にあったコーヒーショップでひと息入れた。そのとき出てきたティーポットと砂糖入れの形が気に入った。純白容器のつくる曲線と陰影のからみ合いを、何かに映し取っておきたいと思い、ペンを走らせた。その際、難波田画伯の「病床日誌」にあった曲線を再現したいと試みたが、成功したかどうかは不明である。
Teapot


谷口 雅宣

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