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2005年8月14日

知性による設計

 3月24日の本欄では、アメリカで進化論が攻撃されていることを書いた。聖書の『創世記』の天地創造神話を“真理”だとして、ダーウィン以来の進化論を批判する人々を「創造主義者」(creationist)と呼ぶそうだが、『創世記』の記述が科学とかけ離れていることは自明だから、それによって進化論を批判するのは無理だと考えたのだろう。創造主義者の次なる手として「知性による設計」(intelligent design)の理論が、科学者を含めた宗教肯定派の人々から提出され、その理論を、公立の教育機関で進化論と同列に教えさせようとする運動が進んでいるそうだ。進化論擁護者の中には、この動きを“科学に対する攻撃”として危険視している人々もいるという。7月9日号の『NewScientist』誌が伝えている。

「知性による設計」論は、その英語の頭文字を取って「ID」あるいは「IDT」(Tは theory の頭文字)とも呼ぶらしい。この理論は、アメリカ・ワシントン州のシアトルに本拠を置くシンクタンク、ディスカバリー研究所を震源地とするようだ。ここの科学者(数学者で哲学者)、ウィリアム・デムスキー(William Dembski)氏らによると、IDは、自然の背後に一般的な超自然的知性が存在するという理解へ導く科学的方法だという。IDは、自然淘汰による生物の進化をまったく否定するのではなく、“小さな役割”は認める。また、すべての生物が一つの共通の祖先から発展したことも認める。しかし、ダーウィンの進化論が生物進化の全面にわたって突然変異と自然淘汰が働くと主張するのに対し、IDは、生物進化のいくつかの側面では、まったくランダムな変異ではなく、何らかの目的に沿った変化が起こっていると主張する。ペンシルバニア州ベツレヘムにあるリーハイ大学の生化学者、マイケル・ベヘ博士(Michael Behe)も、このIDの考え方を擁護する。

 IDは、生物の構造の複雑さに注目し、その複雑さはダーウィン流の突然変異と自然淘汰ですべて説明できないと考える。例えば、バクテリアのもつ鞭毛は40種類以上の蛋白質からなっているし、血液が凝固する際には10個の蛋白質が協力し合っている。これらの機能は、関係する蛋白質のどの一つが欠けても破綻してしまう。そんな重要な蛋白質がいくつも同時に作成されるような遺伝子の変異が、偶然に起こる可能性はほとんど考えられないとするのである。だから、何らかの高度な知性が生物進化の背後に存在するに違いないと考えるのである。

 この考え方は、基本的には18世紀の神学者、ウィリアム・ペイリー(William Paley)の「自然神学」の考え方と同じである。この話はかつて全国大会でも取り上げたことがあるが、ペイリーは、無人の荒野を歩く人が突然、時計が落ちているのを発見したら、その時計は太古からそこにあるのではなく、知性と目的意識をもった時計職人がそれを創造し、何らかの理由でそこへ置いたか、落としたかしたと考える、と説明した。そのことに誰も反対できないし、それが真実だとペイリーは言って、自然界に存在するあらゆる生物が、この時計よりも遥かに精巧に作られ、見事なデザインであることを説明し、そのすべてを創造した設計者がどこかに必ず存在することは間違いない、と結論したのである。この「時計職人」の喩話を逆手に取り、コンピューター・モデルを駆使して「突然変異と自然淘汰の力さえあれば、無目的な力によっても優れたデザインが実現する」ことを論じたのが、イギリスの生物学者、リチャード・ドーキンス(Richard Dawkins)だった。彼が著書に『盲目の時計職人』(The Blind Watchmaker)という題をつけたのが象徴的だ。

 だから、アメリカでは今、この“自然神学”が現代的装いも新たに復活しつつあることが分かる。人間が、事象の生起する背後に何らかの「目的」や「計画」を想定することは、恐らく進化の過程で獲得した“本性”とも言えるものだ。この本性にしたがって、人類は宗教や哲学、そして科学を発達させてきた。現代の進化論は、その科学の立場から、自らの母体たる「目的」や「計画」を否定する道へ突き進んでいるように見える。科学の内部から抵抗が起こるのも、当然だと考えられる。

谷口 雅宣

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コメント

谷口 雅宣 先生:

7月8日のNPRで、ケニス・ミラーブラウン大学生物学教授のIDに関する話が紹介されていました。この話はIDを支持する学者との間でミラー教授がディベートをしたいと考えるが、自分の意見に賛成してくれると思う人でも、ディベートに参加してくれない、その科学的論議の地盤がこの件に関してはひどく貧弱な内容を一部説明しています。ご参考になるかもしれませんので以下にアドレスを掲載します。

川上真理雄 拝

http://www.npr.org/templates/story/story.php?storyId=4734942

投稿: Mario | 2005年8月16日 00:27

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