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2005年7月 6日

生長の家教修会

 7月5~6日と生長の家の教修会が東京・代々木であったため、その準備もあって本欄の執筆は控えていた。今年の教修会のテーマは「万教帰一」の考え方と方法についてだった。生長の家では、すべての偉大な宗教の教えの神髄は共通していると考え、そのことを「万教帰一」と呼んでいる。これとよく似た「宗教多元主義」(religious pluralism)という考え方があるが、それとの比較や、人類史における「神や仏の変遷」の検討を通して、信仰によって戦うのではなく、平和を持ちきたす方法を模索するのが、この教修会の目的だった。1日目は「宗教多元主義」を学び、2日目は「神と仏の変遷」について研修した。それぞれの主題について本部講師が2人ずつ研究発表を行い、それに続いて私が“まとめの講話”をするという方式だった。

 宗教多元主義は、イギリスの神学者であり哲学者であるジョン・ヒック(John H. Hick)が提唱した世界の宗教の捉え方で、すべての偉大な宗教を人間の側からの「唯一の神的実在に対する様々に異なる応答」として理解し、多くの宗教の伝統を認め、共存しようとする立場だ。ヒックはキリスト教出身だから、これまでのキリスト教が「キリストのほかに救いなし」とか「キリスト教の外に救いなし」という排他的な立場を長らく堅持してきたことを考えると“新鮮味”のある考え方だ。しかし、キリスト教以外の宗教、特にいわゆる“多神教”と呼ばれてきた宗教の信仰者の間には、昔からこの宗教多元主義に似た考え方が唱えられていたことが明らかにされ、興味深かった。また、日本で平安時代後期から奈良時代にかけて大々的に展開された「本地垂迹説」にもとづく神仏習合(神道の神と仏教の仏の結びつき)が、これより遥か前にインドの地においてヒンズー教と仏教の間でも行われていたこと。そして、前者は成功したが、後者は失敗して、釈迦誕生の地であるインドから仏教が事実上消滅してしまったことなど、興味をそそられる情報がいっぱい提供された。

「神と仏の変遷」という意味は、人間が「神」とか「仏」と呼んできた礼拝の対象は、時代や環境の変化、あるいは伝播地の拡大にともなって、性格や属性がうつり変わってきたということである。これは、神仏の側が自らの意志で変化したというよりは、信仰する側の人間が、自分たちの希望や必要性を神仏に“投影”して、信仰の対象の性格を変えてしまうという話だから、普通考えられているのとは逆の関係である。簡単に言ってしまえば、神が人間を創造するのではなく、人間が自分の都合のいい形に神を造るのである。そういう隠された心理が、宗教を信仰する人間の中にあることを理解したうえでなお、宗教が存在することの意味を考えることは、信仰者にとってなかなかチャレンジングである。

 教修会の最後の講話で、私は参加者に対して「宗教は進歩しているか?」と問いかけた。生物学における進化論の影響か、世の中には社会が進歩しているのと併行して、宗教も進歩していると考える人が多いのではないかと思ったからだ。しかし昨今、マスメディアを賑わす宗教に関する報道を思い起すと、宗教の名を語る人間や団体の行動が社会に害を与えたり、社会の存在を脅かすものがあることに気づく。このような印象が生じる原因の一つには、もちろんマスメディアの報道姿勢の問題もある。が、その一方では、宗教の側でも社会に模範を示すような生き方や活動が退潮しているような気がしてならない。単なるPR不足だろうか。そうだとしても、PRも現代の重要な情報戦略である。「燭台は高く掲げよ」との言葉を思い出そう。

谷口 雅宣

 

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