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2005年7月22日

人間ザルが誕生する

 4月26日の本欄で、人間と動物の細胞を混ぜ合わせてできたキメラ(混合動物)の開発の現状について書いた。こういう研究の倫理的問題については、私は『神を演じる人々』(日本教文社刊)の中で「人間の脳をもったネズミ」を小説に登場させて考えているが、その時の結論は「人間をネズミの体の中に閉じ込める」ことになるから倫理的に許されない、というものだった。私は、専門家がこのことをどう考えているか知らなかったが、アメリカの科学誌『Science』は7月15日号(vol.309 No.5733)で、23人の専門家の意見をまとめた「人間から人間以外の霊長類への神経移植に係わる倫理的諸問題」という論文を掲載した。その内容を読むと、私の考えていたことが必ずしも荒唐無稽でないことが分かり安堵したとともに、何か空恐ろしい気分になった。

 この論文で検討されているのは、人間の神経細胞を移植する相手は「ネズミ」ではなく「霊長類」である。医学上、このようなことが検討される理由は、アルツハイマー病やパーキンソン病などの脳神経系の病気に対する治療法を開発するためだ。その場合、技術的に最も望ましいのは、人間の神経細胞を患者の脳に移植して再生させる研究だが、これは倫理的な諸問題があるために純粋な「実験」として行うわけにはいかない。そこで“次善の策”として、人間に近い大型類人猿(チンパンジー、オランウータンなど)を代用にして神経細胞の移植実験を行うらしい。これが最初に行われたのは2001年に発表された研究で、サルの胎児の脳に人間の神経幹細胞を移植する実験だった。その結果、サルの心はどうなるのか? サルの認識能力は人間に近づくのか? その場合、移植したサルの倫理的地位は変更されるのか(サルではなく人間として考えるべきか)?--そういう問題が、ここでは検討されている。

 結論は、大人のサルに人間の神経幹細胞を移植する実験は比較的問題が少ないと思われるが、大型類人猿に対して、特に脳が未発達の段階で人間の神経幹細胞を移植することは、実験的価値に疑問があり、倫理的地位が変更される可能性があるため、この専門家グループのうち何人かは禁じられるべきとの意見をもつ、というものだ。もっと平たく言うと、「チンパンジーやオランウータンの胎児に人間の神経幹細胞を移植すると、人間かサルかよく分からない混合動物ができる可能性がある」ということだ。この論文はまた、今後、人間の神経細胞をサルに移植する研究をする際は、可能な限り、移植されたサルの認識能力の変化を探し、それを報告するよう勧告している。ここで注意すべきは、この論文は「危険な研究は禁じろ」と言っているのではなく、「何人かは禁じろと言っているが、現段階では危険な兆候を探して報告せよ」と言っているのである。

 さらに気になるのは、そういう“危険な兆候”が実際に観察されたとき、どうすべきかの問題が明確でない点だ。論文には、この問題の対処には2つの選択肢があり、一つは危険な兆候が起こることを“リスク”として避けることだが、もう一つは、倫理的問題が起こるのを避けるのではなく、移植された動物の心的状態を理解して、それにふさわしい倫理的扱いをすること--そういう選択肢もあると述べているのだ。つまり、人間の脳を移植されたサルが、人間のような認識能力を獲得したと考えられる場合は、人間のように扱うという対処の仕方もあるというわけだ。

 人間は、心で描いた通りの世界を創造していくというが、いよいよ『猿の惑星』や『スターワーズ』の描いた世界が到来するのだろうか。

谷口 雅宣

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