« 落雷の被害 | トップページ | ロンドンのテロ (2) »

2005年7月12日

ロンドンのテロ

 ロンドンでの同時多発テロが起こってから、しばらくたった。私は、この事件について本欄で何か書こうと思いながら、ずっと躊躇していた。その理由は、自分の好きな国の人々を責める結果になることを危惧していたからだ。9・11の後に「祈りの言葉」を書いたが、ボストン在住の人から「冷たすぎる」との抗議をもらった。先進国と途上国の国民の間にある経済格差の大きさを、我々(日本を含めて)が無視し続けてきたことに対する反省を込め、報復攻撃の無意味さを訴えた内容だ。しかし、罪のない人々を何千人も殺戮されたアメリカ国民にとっては、不本意なことだが「殺されたのはお前の責任だ」というメッセージに聞こえたのだろう。

 あの未曾有の事件以降に、いろいろなことが明らかになった。「アルカイーダ」という組織のこと、その指導者であるビンラディンという人物のこと、そして、ビンラディンとサウジアラビア王家の関係のこと、サウジアラビア王家とアメリカ石油資本とのつながりのこと、イラン=イラク戦争のこと、その戦争でアメリカがイラクを支援したこと、イラクに大量破壊兵器は存在しなかったこと、イラクとアルカイーダの公的関係は存在しなかったこと等々……。また、あの事件をきっかけにして、アメリカを中心として“テロとの戦争”開始が宣言され、現在も複数の国の中でそれが行われている。今回のロンドン攻撃は、明らかにこの“戦争”の一部である。恐らくアルカイーダの手によるものだ。日本は、この“戦争”にアメリカの同盟国として参加している。だから、同じくアメリカの同盟国であるイギリスに対するテロリストの攻撃に対しては、断乎、反撃すべき立場にある。

 しかし、「テロに反撃する」とは何をすることなのか? 9・11の実行犯の多くは、アメリカにとっては外国人だった。しかし、今回の事件の実行犯4人がイギリス国籍であることを、どう理解すべきか。日本には、かつての政治闘争激しい時代に「連合赤軍」という武闘派政治組織があった。また、最近では宗教的信念から国家転覆をはかる「オウム真理教」がいた。こういう武装闘争派には、海外に支援組織やシンパサイザーは事実上いなかった。つまり、彼らは日本社会からも国際社会からも孤立していたから、純粋に国内犯罪として取り締まり、処罰すればそれでよかった。

 ところが、アルカイーダなどのイスラム過激派組織は、世界的な支援組織をもっているだけでなく、多くのイスラム国家の支配層の統治に反対する夥しい数の、同じイスラム教信者の社会的支援を受けている。この支援の背後には、それぞれの国の国内問題だけでなく、アメリカの中東政策と自国の外交政策に対する、宗教的信念に裏づけられた根深く、そして広範囲にわたる憎しみや反感がある。この「憎しみ」や「反感」が原因であって、テロ活動はそこから派生した結果の一つに過ぎない。他の結果は、イラクやアフガニスタンでの反政府(反米)武装闘争などだ。原因を放置しておいて、そこから流れ出る結果の一つ一つを叩いていくのが“テロとの戦争”なのか? そういう戦争が、勝利をもたらしたことがかつてあるのだろうか? 疑問はつきない。

 7月12日付の『ヘラルド朝日』紙のオピニオン・ページに、シカゴ大学の政治学教授、ロバート・ペイプ(Robert A. Pape)氏の冷徹な分析が載っていた。アルカイーダは“テロとの戦争”に負けていないというのだ。2002年以降、アルカイーダは17件の爆破事件に関与しており、命を落とした犠牲者は700人以上。この犠牲者の数は、9・11に先立つ6年間のすべての爆弾テロ事件の犠牲者数を上回るという。1995年から2004年までに、アルカイーダに支援された自爆テロ実行犯の数は71人で、このうち67人の国籍や出身地を調べてみると、圧倒的多数がサウジアラビアかその他の湾岸地域諸国であり、そこには1990年以来、アメリカ軍が駐留している。その他の出身国を見ても、そこにはアメリカが“テロ支援国”と呼んでいたイラン、リビア、スーダン、イラクはなく、むしろイスラム地域に於けるアメリカの同盟国であるトルコ、エジプト、パキスタン、インドネシア、モロッコの名前があるというのだ。 

 ペイプ教授はさらに続ける--2003年12月にノルウェーの情報機関が発見したイスラム系ウェッブサイトには、アルカイーダの戦略変更を示す長文の計画書があった。それによると、アメリカとその同盟国をイラクから撤退させるためには、9・11のような攻撃では不十分であり、その代わり、アメリカのヨーロッパに於ける同盟国を攻撃する方が効果的だという。具体的には、イギリス、ポーランド、スペインの名が挙げられており、特にスペインは、イラク戦争に対する国内の反対が強いから攻撃対象にできるとされていた。そしてイギリスについては、こうあった--「イラクからスペイン軍、またはイタリア軍が撤退すれば、イギリス軍に大きな圧力を与えることができる。この圧力にトニー・ブレアー(英首相)は耐えられないから、ドミノ・ゲームの牌はすぐに倒れるだろう」。

 私はもちろん、テロリストに同情するものではない。彼らは自分たちの掲げる政治目標のために、無関係の人を大量に殺し、社会に恐怖を醸成することを狙っている。それをもし“神”の名に於いて実行しうると信じるならば、それは神を冒涜する妄信以外の何ものでもない。しかし、彼らに目的を達成させないためには、武力による鎮圧だけでは不十分である。イスラム諸国の国民の心から憎しみや反感を取り去る努力が、もっと真剣に、大々的に展開されるべきと考える。

谷口 雅宣

|

« 落雷の被害 | トップページ | ロンドンのテロ (2) »

コメント

谷口雅宣先生

 先生のご意見に全く同感です。9.11のあった時、一時ニューヨークに人達がお互い思いやりを持つようになったとかという報道があり、これがアメリカ人に取ってのある意味、みそぎになるのかとちょっと思いましたが、その後のアメリカの行動はあの通りでした。

 でもアメリカやイギリスの人達の中にもバランス感覚のある良心的な人達も沢山いると思いますし、このテロの恐怖の中からそれをバネにして本当の信仰に向かう人達が多く出るかも知れないという期待を私は持っております。

堀 浩二拝

投稿: 堀 浩二 | 2005年7月14日 11:36

堀さん、

>> このテロの恐怖の中からそれをバネにして本当の信仰に向かう人達が多く出るかも知れないという期待を私は持っております。<<

 この「本当の信仰」とは何か、という問題は、なかなか難しいと思います。それが合意できたら、戦争はなくなるでしょうから……。

投稿: 谷口 | 2005年7月15日 13:17

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ロンドンのテロ:

» 好き嫌いが左右する国際政治:反感とテロをめぐって [グローバル・アメリカン政論]
去る7月7日にはロンドンでテロがあったが、この事件は国際政治で好き嫌いの感情がど [続きを読む]

受信: 2005年7月13日 18:41

« 落雷の被害 | トップページ | ロンドンのテロ (2) »