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2005年7月11日

落雷の被害

 7月7日の本欄で横浜の話を書いたが、その日、私の知らないところで不幸なことが起こっていたのを後から知った。それは、同じ神奈川県の藤沢市で、犬の散歩のために公園を歩いていた64歳と39歳の女性が落雷に遭って亡くなったことだ。この2人は前神奈川県知事、岡崎洋氏夫人の昌子さんと、その娘の晴子さんだった。私は亡くなったお2人にも岡崎氏にも全く面識はないが、しかし何の予告もない突然の死の到来は、岡崎前知事はもちろん、関係者の方々にはさぞ激烈な衝撃だったろうと思い、心よりお悔やみ申し上げたい。また同時に、私は「死」というものが我々の「生」と常に隣り合わせにあることを、このことで再び感じることになった。

 実は、この日の夕方の5時すぎに、私は妻とともに横浜市中区の根岸森林公園にいた。雨は降っていなかったが、空は雲行きが怪しく、ときどき稲妻が走って遠雷が響いていた。私たちは芝生のスロープの上に敷物をしいて座っていたが、用心のため腰を上げ、公園の出入り口近くにあるベンチに移動した。その周りには、やはり同じように不安を感じた人々が--多くの人が犬を連れていたが--三々五々集まってきていた。私たちは、濃い灰色の雲を切り裂く閃光と落雷の音との間隔を指で数えて、「まだ遠いから、大丈夫だ」などと言いながら、暫くベンチに座り、この自然現象を観察していた。そしてまもなく、大粒の雨が降り出したので車の中へ逃げ込んだのだ。『神奈川新聞』によると、この日は午後1時から8時ごろまで、神奈川県内に雷注意報が発令されていたらしいが、私たちは知らなかった。根岸と藤沢市の距離は約15キロ、藤沢市の事故は午後7時20分ごろの発生で、横浜地方気象台は「木の真下は落雷被害に遭う危険性がある。屋内に避難するのが基本」と注意を呼びかけていた。しかし、私たちの座っていたベンチは木の真下にあったのである。

 落雷によって人命が失われることは稀だろうが、高い建物に雷はよく落ちる。だから、海岸線に並ぶ風力発電用の風車などには当然、落雷対策が講じてあると私は思っていた。しかし、7月10日付の『新潟日報』には、上越市で風力発電機への落雷の被害が大きく、修理費がかさんで困っているとの記事が載っていた。新潟県には15基の風車があるそうだが、そのうち6基が上越市内にあって、古いものへの被害が大きいらしい。しかし記事には、同じように落雷が多い山形県酒田市にある9基については、深刻な故障は発生しておらず、その理由は「基礎工事から落雷対策を徹底した成果」だと書いてある。つまり、上越市の初期の施設は、雷様を甘く見て建てた可能性を示唆している。

 発電施設が落雷で故障するというのは、皮肉な話だ。雷は電気そのものであり、立派な自然エネルギーだから、これを地上で吸収して蓄える方法はないものだろうか。そうすれば、施設や人への被害も減ると考えるのは素人の甘い期待だろうか。

谷口 雅宣

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