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2005年7月29日

テロとの“戦争”は終った?

 最近の世の中の動きは速すぎて、なかなかついて行けないのだが、ロンドンでの同時爆弾テロが起こった後あたりから、アメリカ大統領が「テロとの戦争」(war on terror)という言葉を使わなくなったそうだ。それに伴いブッシュ政権内部、とりわけ国防総省の幹部も「テロとの戦争」とは別の言葉を使うようになったらしい。7月27日付の『ヘラルド朝日』紙が伝えている。

 例えば、ラムズフェルド国防長官は22日、メリーランド州アナポリスで海軍関係者に対して行った演説で、現在アメリカが行っている武力行使を「自由の敵、文明の敵に対する地球規模の闘争」(global struggle against the enemies of freedom, the enemies of civilization)と呼んだそうだ。また、マイヤーズ参謀総長も最近の記者会見で「暴力的過激主義に対する闘争」(a global struggle against violent extremism)という表現を使って、アルカイーダ等の過激派との関係を形容したという。真意を聞かれて、同参謀総長はこう答えた--「私は前にも『テロとの戦争』という言葉を使うことに反対した。その表現では、問題は軍人が解決することだと考えてしまう。確かに今は軍事が先行しているが、将来は国家のもつすべての手段、国際社会の各国がもつすべての手段を使うことが要求されるだろう。軍事的というよりは、もっと外交的、経済的、政治的になる」。

 私は6月1日の本欄で「戦争(war)」という言葉の意味について書いたが、それは軍事的手段のみを使うのではなく、外交や経済や教育などの総力を動員して敵を破ることだと思っていた。しかし、現在のアメリカの政権を担う人々はそう考えておらず、軍事的手段で政治目的を達成するもののみを「戦争」と呼んでいるようだ。これは、もしかしたら新しい見解ではないかと思う。まぁ、それはよしとしても、では、9・11以降行われてきた「テロとの戦争」は、一体いつ、どちらが買ったのだろうか? 戦争であるならば、勝者と敗者がいるか、あるいは引き分けたということになる。テロとの戦争によりテロが活発になれば、テロが勝者である。テロが少なくなれば、アメリカとその同盟国が勝者であり、テロの起こり方が変わらなければ、両者は引き分けだ。できるだけ客観的に考えてみると、私は「テロとの戦争」では、どうもアメリカと(日本を含む)同盟国が敗北したか、あるいは最高度にヒイキ目に見ても「引き分け」という所だと思う。

 その理由の一つには、アメリカが武力を先行させ2つの国の政権を引っくり返してしまったことが、イスラム諸国を主体とした多くの国々の国民の反感を誘い、テロリストを減らすのではなく、逆に増やしてしまったからではないか。そのことに気づいた米政権が、「戦争」(war)という刺激的な言葉を引っ込めて「闘争」(struggle)という、より広い、多義的な言葉を使うことにした--それが実情ではないかと思う。もちろん、用語の変更は政策の変更を背景にしているのだろう。そういう意味では、何でも“腕力”に物を言わせるかつての政策よりは、よい方向への転換だと思う。

 ところで、トム・ハイデン(Tom Hayden)というジャーナリストが、7月28日付のブログの書き込みで、イラクの首相が米軍の早期撤退を求めたと伝えていた。彼によると、この発言は、イラク議会の議員82人が約1ヶ月前に米軍撤退を求めたことに続くという。この議員達の要求のことを、マスメディアはあまり報道しなかったらしい。しかし今回のイラク首相の発言は、ラムズフェルド国防長官の隣に立っていた時だったから、メディアは報道せざるを得なかったという。この話の真偽のほどは明らかでないが、私の見渡したところ、イラク首相の米軍撤退要求のニュースは、どこにも見当たらなかった。しかし、アメリカが過去の“腕力一徹”の方針から「撤退」を視野に入れた“多面闘争”へ方針を切り替えつつあるのは、事実のようだ。最近出た「8月15日までに憲法草案を確定せよ」とのイラク臨時政府への厳命も、そのことを暗示している。

谷口 雅宣

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2005年7月27日

拝啓、トヨタ自動車殿

 このたび御社におかれては、高級車ブランド「レクサス」を本邦で発表されたことを知り、複雑な気持を抱いています。御社はもちろん、21世紀の世界販売戦略の重要な一環として、この決定を下されたことと思います。小生のような一消費者が御社のような世界企業に何かを申し上げることは、もしかしたら意味がないことかもしれません。しかし、御社がこれまで社会に提供されてきた製品群の品質のみならず、開発の精神、ユーザーへのサービス、またトップメーカーとしての同業他社への配慮等に鑑みて、次なる自家用車はぜひ御社製品をと考えていた者が、今回の発表を困惑して受け止めていることをお伝えしようと思います。願わくはこの一文が、御社の優秀なスタッフの一人の目にでも留まり、人類の将来に責任のある世界企業としての、御社の今後の意思決定の参考になりますれば、喜びこれに過ぎるものありません。

 本日、7月27日付の新聞報道によりますと、御社は日本国内で進行する“本物志向”に着目され、資産家や高額所得者などの“富裕層”にターゲットを絞って今回の決定を下されたそうです。(産経)また将来、人口減少が進むと予測される国内市場で、自動車の“和製高級ブランド”を確立し、少ない販売台数でも高収益を目指すお考え(朝日)とも聞きます。競合する車はメルセデス・ベンツとBMWだそうで、御社は年間25万台ほどで推移しているこの高級車市場で、先行する輸入乗用車のシェアを奪って文字通り“日本一”を達成したいとのお考えと見受けられます。そのため、すでに「クラウン・マジェスタ」や「セルシオ」を配備しておられる同じ価格帯に、2004年にアメリカの高級車市場で最多の29万台を売った「レクサス」を投入し、“アメリカ帰り”の箔によって市場奪還を図ろうとされているようです。

 小生は、1983年に初めて1500㏄のニッサン車を購入し、その後、ひとクラス上のニッサン車に買い替え、家族が増えたため1995年にホンダの7人乗りワンボックス車に乗り換え、3人の子供の独立を見届けようとしている今日、夫婦で使えるひとまわり小さい乗用車を探しているものです。その間、バブルの崩壊を経験し、“団塊の世代”では最後部に位置する年齢です。小生と同年齢で経済的に成功している人々は、大分前から御社のライバルとされているベンツやBMWの高級車、あるいは馬力のあるジープ・クラスのSUV車に乗っているのを小生は知っています。しかし、小生はそういう車を所有したいとは全く思いません。たぶん、小生が変わり者なのでしょう。小生は「ステータス」とか「高級感」のために自動車を欲しいとは思わないのです。ご存知の通り、そういう車はガソリンを大量に消費し、二酸化炭素の排出によって地球環境に深刻なダメージを与えるからです。小生にとって、そういう車の所有者は、「自分は地球環境問題に関心はない」と宣言しているように見えるのです。「貧しい国の人々や生態系にとって有害なことでも、自分がカッコヨク見えれば何でもするさ」と言いながら運転しているように見えてしまうのです。

 ですから、御社がハイブリッド車「プリウス」を発表された時、小生は快哉を叫びました。「さすがトヨタだ!」と思いました。あの静かな走り、すばらしい燃費、制動時に充電するという“逆転の発想”--小生は早速、仕事用に車を買い替える際はプリウスを希望する旨、総務部長にお願いしました。その車には、今でもお世話になっています。個人用の車に関しては、小生は待ちました。御社が、あの素晴らしいプリウスの技術を、小型のSUV車に載せてくれることを……。何年も待ちましたが、御社は何かお考えがあってか、SUV車にハイブリッドの技術を載せることをされませんでした。昨年、ようやくそれが実現しましたが、残念ながら、それはアメリカでのことでした。日本より先行してアメリカで……というのが、最近の御社の戦略でしょうか。「アメリカで成功すれば、日本でも売れる」という読みでしょうか。それとも、今回のレクサスのように「アメリカで人気だから」ということをセールス・ポイントにしないと、日本人は興味を示さないとお考えですか? 小生のような日本人は、本当に少数派でしょうか?

 でも結局、ハイブリッド版の「クルーガー」と「ハリアー」を日本で出して下さったのですから、御社には感謝しなければなりません。「待望の車種」だと小生は小躍りしました。そして先日、休日を利用して「クルーガー・ハイブリッド」に試乗しました。感想は「大きすぎる」ということです。以前から乗っていたホンダ車とほとんど同じ大きさですから、一回り小さい車を望んでいる小生には、買い換える意味があまりありません。もしそれに意味を見出すなら、ハイブリッドの特長である燃費の良さがあれば、でしょう。でも、同車の燃費はカタログ値で「16キロ」です。御社では周知のことと思いますが、同車と同じクラスの他社のSUVの中には、ハイブリッドでなくても「10キロ」を上回るものがあります。事実、小生の乗っているホンダのワンボックス車は、走り方によっては10キロ以上いきます。これは10年前の車です。今年新発売の新車で、しかも世界最高のハイブリッド技術を搭載した車が、10年前の車より燃費が「6キロ」しか伸びないのでしょうか? 値段は、150~200万円も高いのです。

 もう一つ驚いたことがあります。それは、クルーガー・ハイブリッドを担当した若い販売員が強調したのが、「加速がすごい」ということだったことです。彼は「ゼロヨンを走らせたらポルシェより速い」と言うのです。小生は、自分の耳を疑いました。ハイブリッド車のセールス・ポイントは、なぜ「加速」なのでしょうか? 小生は、減少しつつある石油をできるだけ効率よく使い、二酸化炭素をできるだけ排出しない、5人乗りまでのSUV車を探しているのです。加速なんて、どうでもいいのです。それを求める人は、ポルシェやBMWを買えばいいのです。小生は、この経験から、御社の考え方に少し疑問をもつようになりました。御社のような会社が、小生の望むような車を作れないはずがありません。それは「作れない」のではなく、よく検討されたすえ「作らない」と決められたのではないでしょうか。そして今回、ガソリンを無駄遣いする高級乗用車「レクサス」の逆輸入を、ファンファーレ付きで発表されました。御社がもし、それによって企業イメージが向上するとお考えならば、言わせてください--それは逆効果です、と。

 企業にとって利潤を求めることは確かに必要なことです。しかし、御社のような世界企業になれば当然、それ以外のことを社会は求めます。御社の販売戦略は、地球環境に大きな影響を与えるからです。御社の利益が増大しても、地球環境が悪化すれば結局、御社も増加分の利益を災害対策や環境対策に回すはめになり、損失を出すことにもなりかねません。せっかく開発された優秀な環境技術なのですから、それを金儲けの手段にではなく、本来の環境保全の手段にしてくださることを切に念願いたします。

谷口 雅宣

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2005年7月25日

熱波、アメリカを襲う

 夕食後の小閑時に、妻が7月分の売電料金票をもってきて「今年は発電量が少ないわね」と言った。わが家の太陽光発電パネルで作った電気を東京電力に売った分の数字が、そこに記載してある。それを見ると「196 kWh」であるが、その下に比較用に小さく書いてある去年の同時期の数字は「305 kWh」なのだ。今年の7月の東京は、それだけ曇り空が多かったということだろう。それに、去年は7月に東京は39℃を記録したから、晴れの日が続いていたということだ。それに加えて、台風が連続して何個も日本に上陸したことを思い返すと、去年はずいぶん大変な夏だったということが分かる。今年の夏はどうだろうか。

 夜になって大粒の雨が断続的に降り出した。大型台風の7号が近づいてきたからだ。新聞情報によると、この台風は雨が降る範囲が広く、さらに勢力を強めながら日本に近づいており、速度も時速25キロと遅いから、長時間にわたって雨が降り続く恐れがある。水害が心配だ。明日(26日)の夜に名古屋付近に上陸し、北上して関東を直撃しそうだ。しかし幸いなことに、今夏の関東地方は(今のところ)気温がそれほど高くない。今も壁にかけた温度計は28℃である。これに比べ、北アメリカは大変な熱波に襲われているらしい。

 25日付の『ヘラルド朝日』紙によると、アメリカの西部はここ数週間熱波に襲われ、カリフォルニア州のデスバレーで54℃を記録したのを初め、過去2週間で西部の高温記録が200も塗り替えられた。また、アリゾナ州フェニックスでは先週だけで少なくとも20人(主としてホームレスの人々)が死亡したという。今朝放送されたABCニュースの報道では、23日にはアメリカの64都市で38℃以上となり、翌24日には13州の75都市で38℃以上を記録した。この中には西部の州だけでなくミルウォーキー(ウィスコンシン州)、シカゴ(イリノイ州)、セントルイス(ミズーリ州)、コロンバス(フロリダ州)なども含まれているそうだ。

 地球の温暖化にともない、科学者たちは気象が激しくなると予測しているが、その通りのことが起こりつつあるように思う。アメリカの人々には気の毒なことだが、これによって京都議定書への復帰を望む声が高まってくれることをつい期待してしまう。何せ、かの国が世界で最も大量の温室効果ガスを排出しているのだから、何の努力もしないというのでは国際社会のリーダーたりえないだろう。

谷口 雅宣

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2005年7月24日

悪を探す心

 イスラム教は、仏教やキリスト教に比べると日本への到来がまだ新しく、信者の数は少ない。だから、普通の日本人にとっては“異教”という印象が強いのではないか。この印象は、その教えが“砂漠の宗教”という性格をもつためか厳しい側面をもち、“山の宗教”であり“森の宗教”でもある神道とは、いささか趣が違う点にも原因があるだろう。しかし9・11以降、テロはどこでも起こりうることが明らかとなり、その破壊の程度が常人の想像を遥かに超えるものだったため、「なぜ宗教があれほどヒドイ無差別殺人をするのか?」という大きな疑問を抱えた人々は、イスラムについての勉強をせざるを得なくなったに違いない。私も、その中の一人だった。宗教の勉強は、もちろん本や映像だけでできるものではない。しかし、日本の現状では、それから始める以外にない。だから、私はここで「イスラムを理解している」などと言うつもりは毛頭ない。否、このところ頻繁に起こる爆弾テロ事件を考えると、私はむしろ「イスラムは理解できない!」と叫びたいほどだ。

 7月7日のロンドンでの同時多発テロ、その2週間後の同じ場所での“未遂”テロ、そして今回のエジプトでの同時爆弾テロ……これは、犠牲者数では同国で約60人が殺された1997年のルクソール事件を超えるものだ。イスラムの名を語る暴力事件は、いったいどこまで続くのかと思う。私が心配しているのは、このような事件が続くと、マスメディアのもつ“悪事肥大化”の効果が最大限に発揮されて、「イスラムはテロリストの宗教」という印象が、日本を含めた非イスラム世界全体に定着してしまわないか、ということである。そんなことになれば、それは第一に“イスラム世界の危機”であろう。またそれとともに、宗教全体にとっての危機とも言えるのだ。なぜなら、「宗教は暴力を正当化する」との印象が世界的に定着しかねないからだ。

 かつて日本では、オウム真理教がテロ活動によって政府転覆を図るという、近代史の中では前代未聞の行動に出た。この団体は仏教の一派を標榜していたから、これによって日本では宗教者全体が「何をするか分からない危険な人々」として見られる傾向が生じ、生長の家の伝道活動にも大きなマイナスの影響を与えたものだ。少数の過激な行動によって、全体が危険視される。これが世界的規模で起こることが、宗教全体にとって好ましいはずがない。「私は神を信じる」あるいは「仏を信じる」と大っぴらに言えない社会。そんな社会を絶対に出現させてはいけないと思う。

 先にマスメディアの“悪事肥大化効果”という言葉を使ったが、これは社会のごく一部の人による悪い行為が大々的に、また継続的に、詳細に報道されることで、それがその社会全体のことであるかのような印象を一般人に与えることを意味する。私はこのことを5月13日の本欄「人が犬に噛みつくとき」で批判し、さらに同月29日に「暴力は社会の伝染病」と題して、悪事の見聞は同種の悪事を生む傾向があることが、学問的研究においても明らかになりつつあることを紹介した。日本の諺には「類は友をよぶ」というのがあり、易経には「類を以って集まる」という言葉があり、英語にも「Birds of a feather flock together.」とか「The like attracts the like.」という言葉がある。いわゆる“暴力の連鎖”は、報道によっても起こるということを我々は知らなければならない。

 今回のエジプトの事件との関連で、『産経新聞』(7月24日)が中東調査会の高岡豊氏の次のような談話を伝えている--「生活様式が世界レベルで多様化し、インターネットや衛星放送で西側メディアの報道に接する機会が増えている。流れるニュースはイスラム教徒にすれば義憤に駆られるような話ばかりで、そこへテロの犯行声明が流れてくる。こうした情報を繰り返し入手することで、確たる理由もなく被害者意識をもつ者もいるのでは」。この意味は、西側メディアの報道が新たなテロ予備軍を生む一因になっているということらしい。もしこれが事実ならば、我々の本当の敵はイスラム過激派ではなく、テロリストでもなく、メディアでさえなく、我々自身のもつ「悪を探し回る心」なのかもしれない。

谷口 雅宣

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2005年7月22日

人間ザルが誕生する

 4月26日の本欄で、人間と動物の細胞を混ぜ合わせてできたキメラ(混合動物)の開発の現状について書いた。こういう研究の倫理的問題については、私は『神を演じる人々』(日本教文社刊)の中で「人間の脳をもったネズミ」を小説に登場させて考えているが、その時の結論は「人間をネズミの体の中に閉じ込める」ことになるから倫理的に許されない、というものだった。私は、専門家がこのことをどう考えているか知らなかったが、アメリカの科学誌『Science』は7月15日号(vol.309 No.5733)で、23人の専門家の意見をまとめた「人間から人間以外の霊長類への神経移植に係わる倫理的諸問題」という論文を掲載した。その内容を読むと、私の考えていたことが必ずしも荒唐無稽でないことが分かり安堵したとともに、何か空恐ろしい気分になった。

 この論文で検討されているのは、人間の神経細胞を移植する相手は「ネズミ」ではなく「霊長類」である。医学上、このようなことが検討される理由は、アルツハイマー病やパーキンソン病などの脳神経系の病気に対する治療法を開発するためだ。その場合、技術的に最も望ましいのは、人間の神経細胞を患者の脳に移植して再生させる研究だが、これは倫理的な諸問題があるために純粋な「実験」として行うわけにはいかない。そこで“次善の策”として、人間に近い大型類人猿(チンパンジー、オランウータンなど)を代用にして神経細胞の移植実験を行うらしい。これが最初に行われたのは2001年に発表された研究で、サルの胎児の脳に人間の神経幹細胞を移植する実験だった。その結果、サルの心はどうなるのか? サルの認識能力は人間に近づくのか? その場合、移植したサルの倫理的地位は変更されるのか(サルではなく人間として考えるべきか)?--そういう問題が、ここでは検討されている。

 結論は、大人のサルに人間の神経幹細胞を移植する実験は比較的問題が少ないと思われるが、大型類人猿に対して、特に脳が未発達の段階で人間の神経幹細胞を移植することは、実験的価値に疑問があり、倫理的地位が変更される可能性があるため、この専門家グループのうち何人かは禁じられるべきとの意見をもつ、というものだ。もっと平たく言うと、「チンパンジーやオランウータンの胎児に人間の神経幹細胞を移植すると、人間かサルかよく分からない混合動物ができる可能性がある」ということだ。この論文はまた、今後、人間の神経細胞をサルに移植する研究をする際は、可能な限り、移植されたサルの認識能力の変化を探し、それを報告するよう勧告している。ここで注意すべきは、この論文は「危険な研究は禁じろ」と言っているのではなく、「何人かは禁じろと言っているが、現段階では危険な兆候を探して報告せよ」と言っているのである。

 さらに気になるのは、そういう“危険な兆候”が実際に観察されたとき、どうすべきかの問題が明確でない点だ。論文には、この問題の対処には2つの選択肢があり、一つは危険な兆候が起こることを“リスク”として避けることだが、もう一つは、倫理的問題が起こるのを避けるのではなく、移植された動物の心的状態を理解して、それにふさわしい倫理的扱いをすること--そういう選択肢もあると述べているのだ。つまり、人間の脳を移植されたサルが、人間のような認識能力を獲得したと考えられる場合は、人間のように扱うという対処の仕方もあるというわけだ。

 人間は、心で描いた通りの世界を創造していくというが、いよいよ『猿の惑星』や『スターワーズ』の描いた世界が到来するのだろうか。

谷口 雅宣

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2005年7月20日

ロンドンのテロ (3)

 7月14日の本欄で、私は9・11や今回のロンドンの同時多発テロによってイスラム教信者全体が、社会から“敵視”されないまでも、少なくとも“危険視”されることが事前に充分予測されたにもかかわらず、テロ実行犯たちが敢えてそれを行う心境について「よく理解できない」と書いた。しかし、考え方次第では、理解ができるかもしれない。キーワードは2つある。1つは「対照化」であり、もう1つは「自己破壊」である。対照化とは、人間が普通にもっている心理的傾向の一つで、例えば、複雑な世の中の諸事象を、単純な「善と悪」「敵と味方」「男と女」「信仰者と不信仰者」など、2つの対立物間の関係として捉えるものの見方である。自己破壊とは、そのものズバリ、自分を破壊したいという情念で、精神分析学の祖・フロイトが唱えた無意識的な願望の一つである。後にカール・A・メニンジャーは、この概念を集団や国家のレベルにまで拡大し、戦争は集団の自己破壊願望の現れであると唱えた。また今日の心理学でも、殺人は形を変えた自己破壊(自殺)だと捉えることがある。

 この2つのキーワードを使って問題を整理してみよう。まず第一に、イスラムの思想には世界を「対照化」して捉える考え方が明確にある。それは、イスラム教が信仰されている世界を「ダール・アルイスラーム」(Dar al-Islam)と呼んで“平和な世界”と考え、イスラム教の及ばない世界を「ダール・アルハルブ」(Dar al-Harb)と呼んで“戦争の世界”として捉えるものだ。この考え方に忠実に従えば、世界平和を実現するためには、世界の人すべてをイスラームに改宗させなければならない。が、現実にはそれは不可能だから、実際のイスラム国家では、他宗教の信者を無理やりイスラム化する政策は採っていない。しかし、世界観としてはこの「二分法」的考え方が多くのイスラム教徒の中に存在すると考えられる。

 次のキーワードである「自己破壊」の願望は、もっと複雑である。この問題は拙著『足元から平和を』(生長の家刊)の中でも少し触れたが(pp.87-88)、9・11もロンドンも「自爆テロ」だったことが重要である。つまり、テロ実行犯は自殺しているのだ。さらに言えることは、敵意をもって破壊する社会の「中」にいたことである。もちろん、9・11のハイジャク犯などは、アメリカ人でなく、アメリカへの長期滞在者でもない者もいたが、しかしドイツのハンブルクで長い間生活していたのだから、自由や民主主義や享楽的生活を知っていたのである。上記の用語を使えば、彼らは皆、“戦争世界”に住むイスラム教徒だった。そこでは当然、ジハードが要求されるのである。その反面、若い彼らは西洋文明に惹かれ、もし誘惑に身を任せていなかったならば、誘惑を感じる自分と戦い続けていただろう。コラムニストのロジャー・コーエン氏(Roger Cohen)は、7月20日付の『ヘラルド朝日』紙にこんな言葉を書いている--「選択肢が数多く、道徳的な絶対価値が存在しない、西洋社会に於ける自由のやっかいな本質が、恐らく彼らを狂信的な信仰へと逃避させたのだ」。

 私は、「狂信的信仰への逃避」というよりは、「失われかけたイスラム教徒としてのアイデンティティーの回復」という表現の方が、事実に近いと感じる。ロンドンのテロ実行犯のように、その土地で生まれ生活してきた若者にとっては、父祖の国の文化と生れた土地の文化との差が大きければ大きいほど、アイデンティティーの危機が深刻化する傾向がある。これは、第二次大戦前後に、アメリカ在住の日系人が経験したことと似ているのではないかと想像する。この種の心理的葛藤の中から選ばれる選択肢は、戦争を背景としている場合は両極的にならざるを得ない。つまり、どちらか一方を採り、他方は完全に否定しなければならない。彼らは、自己の一方の傾向を完全に否定する(自殺する)ことにより、完全なるイスラム教徒としてのアイデンティティーを獲得することができる、と信じたのではないか。そして「殉教者は天国に生れる」というイスラムの教えは、彼らの心理を完璧に代弁していたのである。

谷口 雅宣

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2005年7月19日

脱化石燃料に“全力投球”を

 本欄では、何回か石油の値段と関連してエネルギー問題を取り上げてきた。もちろん、私はこの問題の専門家ではないから、毎日変わるエネルギー関連のデータなど入手できないし、ましてやそれの分析などは不可能である。ただ、化石燃料を主たるエネルギー源とする20世紀の方式を継続することは、地球温暖化を深刻化させる人類の自殺行為であるとの認識は正しいし、その認識は世界の趨勢となっていると思う。問題は、化石燃料から何へ移行し、その移行の緊急性はどれほどかという点であり、これに関しては様々な考え方がある。アメリカは京都議定書を拒否したにもかかわらず、最近になって「原発増設によって温暖化を防ごう」などと言い出した。日本政府は、昔からそういう考えだ。しかし私は、原発の政治的リスク(北朝鮮やテロを思い出してほしい)と、環境に対するリスクの両面から、この考えには否定的である。その代わりに、再生可能の自然エネルギー(風力、太陽光、波力、潮力、地熱等)の利用に、官民一体で全力投球すべきと考えている。

 なぜ「全力投球」かの理由の一つに、石油生産のピークがもうそこまで来ているとの認識がある。これは、一部の専門家が予測していることだが、まだ国際的な合意にいたっていない。石油の生産量は前世紀来、ずっと“右肩上がり”に上昇してきているが、ここ数年、その上昇ペースが芳しくない。それどころか、世界の多くの油田では前年より生産量が落ちるという現象が起こっている。その中で、いわゆる"BRICs"と呼ばれるブラジル、ロシア、インド、中国等の国の経済が毎年のように2桁に迫る成長を続けているのである。世界全体の石油生産量が前年より減少すれば、それは「石油ピーク」の到来だ。それ以降は、生産量は減り続けるのである。これは、すべての鉱物資源に共通している原則なのだ。そうすると、その後の石油利用は「他の誰かの利用分を奪う」ことになる。現在のように、全世界が石油資源に依存している状況では、個人と個人の奪い合いではすまされず、国家間の石油の“奪い合い時代”に突入する。過去の多くの国際紛争や戦争が、資源の奪い合いから始まっている。そういう時代に突入しない前に、エネルギー利用方式の抜本的変更を試みるのが、国家や国際社会の責任ある立場の人々の義務だと私は思うのである。

 ここで、最近出会った興味ある情報を紹介しよう。7月19日付の『産経新聞』は、ロンドン発の共同電としてOPEC(石油輸出国機構)が18日の月報で、来年は世界の石油需要の伸びが鈍化して、今年より1.85%増にとどまるとの見通しを出した、と伝えている。今年は、昨年より1.98%増になると見込まれているから、それよりは“鈍化”するとの予測である。理由は、「高止まりしている原油価格を背景に、中国をはじめとするアジア諸国を中心に世界的に需要が鈍化。石油に代わる代替エネルギーの開発や、ハイブリッド車の利用増などが需要抑制につながる」というもの。この“予測”のメッセージを正しく読むのは、むずかしい。なぜなら、これを出したのは経済学者や研究者ではなく、はたまた企業の予測でもない。当の石油カルテルが出したものだから、そこには“政策的配慮”混じっていると考えるべきだろう。OPEC側は「急激な増産はする必要がない」と言っていることは確かだろう。問題は「なぜそう言うか」である。

 石油連盟の渡文明会長(新日本石油会長)は7月13日の記者会見で、原油価格が落ち着きを取り戻すには「OPECの生産能力や米国の精製能力を拡大する必要がある」と強調した(7月14日『産経』)。そのすぐ後に、OPECは「そんな必要はない」という“予測”を発表したのである。ユーザー側は、当然「安い石油」を望む。生産者側はその逆だ。つまり、OPECは、せっかく史上最高の1バレル60ドル時代に入った矢先に、石油の値段が下がることにメリットを感じていない。だから「中国やアジア諸国の石油需要が鈍化する」などという理由をつけるのだろう。実質的には中国の国営企業である中国海洋石油(CNOOC)が、アメリカの石油会社ユノカルを買収しようとしていることは、読者も知っての通りだ。そのほか最近、中国要人が産油国めぐりをしていることが、「中国の石油需要の鈍化」と言えるのかどうか、賢明な読者には説明の必要はないだろう。

 代替エネルギーの開発に関連して、『朝日新聞』は19日の1面トップで、植物性エタノールとガソリンとの混合燃料の流通が08年から始まる、と報じた。温暖化防止への植物性エタノールの効用については、5月26日の本欄ですでに書いた。政府は、これを当初は「7%」だけガソリンに混合して販売する考えのようだ。エタノール車が走りだしてすでに30年の実績のあるブラジルでは、「30%」とか「50%」のものが走っているというのに、この数字はどうしたものだろう。こういうところが「全力投球」とは言えないのである。

谷口 雅宣

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2005年7月16日

ハスカップを買う

 生長の家の講習会で北海道の室蘭市に来ている。当地の今日の気温は最高24℃、最低15℃というから、30℃を超える東京から来ると“天国”のようだ。連休前の土曜日ということで羽田は混雑しており、満席の搭乗機は定刻より遅れて出発、高曇りの千歳空港に着いたのも定刻の午後2時半よりやや遅れていた。千歳から室蘭までワンボックス・カーで送っていただいたが、空港を出てしばらくすると、隣にいた妻が急にハスカップの話を始めた。道路の横に広がる林地を指差して「この辺にハスカップが生えているのですか?」とか「数が少ないのですか?」などと運転手に聞くのである。私は、2人のやりとりをうとうとしながら聞いていた。

 ハスカップが一種の“貴重品”であることを、私はそれまで知らなかった。家の庭に生えているブルーベリーのように、栽培すればいくらでもできるものと思っていたが、北海道の限られた地域でしか栽培されていないという。その地域が、千歳から苫小牧へ行く道路の東に広がる勇払(ゆうふつ)原野なのだった。市町村名でいえば厚真(あつま)町である。その他、日本では栃木県の日光戦場ヶ原、静岡県の荒川岳に限って、わずかに群生しているだけという。「ハスカップ」の名はアイヌ語の「ハシカプ」に由来していて「枝の上にたくさんなるもの」という意味だそうだ。和名はクロミノウグイスカグラ (黒実鴬神楽)といい、スイカズラ科の落葉低木だ。原産地はシベリア。5月下旬から6月上旬ごろ黄色い花を咲かせ、7月には濃い紫色の実が成る。収穫期は6月末から7月中旬の約3週間と短く、摘み取りや選別に手数がかかるうえ収穫量が少ないらしい。しかし、ブルーベリーの数倍のアントシアニンが含まれているなど、体によい成分が豊富にある点が注目されているという。

 室蘭市のホテルにチェックインしたあと、夕食まで時間があったので、妻と2人で市内を少し散歩した。ホテルの近くの商店街は土曜日ではあるが、営業している店よりも閉めている店の数の方が多い。いわゆる“シャッター通り”がここでも目立った。そんな中で「100円ショップ」を謳った店があるので入ってみると、コンビニとスーパーの中間ぐらいの品揃えをした食料品店だった。地元の産物を探して見て回ったが、野菜や魚介類は確かに地元産が多いが、中にはチリ産のミカン、中国産ヒラタケ、アメリカ産クルミなど、海外のものも沢山ある。それが「100円」とか「200円」単位で売られているのである。東京などの大都市でそれらを見ても不思議はないが、室蘭で目にすると「これがグローバリゼーションなのだ」と妙に感心してしまった。商店街を過ぎると、大きな駐車場のある新しいショッピング・センターがあった。ここはまさに商品をグローバルに揃えていて、ディスプレーにも工夫を凝らしているためか、若者や中年の主婦の姿が目立った。そんな中に、ポロシャツにジーンズを履いた白人男性が2~3人、レジ袋を下げて歩いている。多分、ロシア人の船員なのだろう。

HascupJ

 その店の一角に、ハスカップを専門に扱う売場があった。菓子やジュース、紅茶、ジャムなどがあり、妻はそこでジャムを一瓶買った。私は翌日、新千歳空港で「ドラキュラの葡萄」という名のハスカップ果汁入り清涼飲料水を買うつもりだ。

谷口 雅宣

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2005年7月15日

ブルーベリーを摘む

 季節はずれの涼しさが何日も続いたあと、照りつける夏の太陽が東京にもどった。今の季節は、わが家の庭でブルーベリーの実が色づくので、この日照がありがたい。曇りや雨の日の後に採る実は何となく“水くさい”のに比べ、日光を吸収した実には味わいがある。私は、採りたてを朝食べるのが好きだが、妻は1日おいた方が甘味が出るという。朝、隣の父の家へ行き、父母と一緒に神棚の前で手を合わせ御勤めをしたあと、池の鯉に餌をあげ、ブルーベリーを摘むのが、私の最近の日課になっている。今朝も、食堂で朝食中の父の前に採れたてを一握り献上した。

 ブルーベリーのいいところは、実がいっぺんに熟さずに、毎日食べる量だけ色づくことだ。庭には、ハイブッシュ系とラビットアイ系の2種の木が並んでいるが、今年はどちらの木も、昨年より大きな実がより多く実っている。昨年は夏の初めに虫が大量について木が傷んだが、今年は幸い虫の被害は最小限ですんだ。最初にできる実は大きく、夏が進行するにつれて小さい実になる。その理由は恐らく、1本の木が育てられる実の数と大きさの総量が一定しているからだ。つまり、実が少ない時期には大きく育ち、数が増えれば小さいものしか育たないということだろう。今朝採った実は、直径が15~20ミリだったが、初期のものはそれより一回り大きかった。ハイブッシュ系は6月から色づくが、ラビットアイ系は1ヵ月ずれて食べどきとなる。したがって、2種の木があると、梅雨の頃から9月まで、ほぼ毎日実を収穫することができるのである。

 夕方、汗を拭きふき自宅に帰ると、夕飯の支度中の妻の横に、ザル一杯のブルーベリーが置いてあった。「どうしたの?」と訊くと、木から採ったのだという。私が朝見たかぎりでは、こんなに多く色づいていなかったと思ったが、葉の陰に隠れていたものがたくさんあったそうだ。ものの本にはブルーベリーはムクドリ、ヒヨドリ、スズメが食べると書いてある。また、山梨の高地などでは、ブルーベリーの木を防鳥ネットで覆っているのをよく見かける。ところが、わが家の庭の木は、今のところ鳥の被害に逢っていない。ヒヨドリもスズメも庭でよく見かけるのに、である。ありがたいことだ。しかし、明日、明後日と生長の家の講習会のため家を空けるので、万一に備えて採っておいた、と妻は言った。実は、熟すと自然に落ちてしまうからだ。
BBerry0716

 ザルの中の実を数えてみると100個ほどあった。これでは1日では食べきれない。妻はそれを冷蔵庫に保管した。恐らくジャムにするつもりだ。ブルーベリーは「目にいい」とよく言われるが、それはアントシアニンという成分が多く含まれているからだ。この成分が、網膜から脳へ光信号を伝えるロドプシンという物質の再合成を促す働きがあるという。この成分は、アメリカ原産の種では果皮にだけ含まれているのに対し、ヨーロッパの野生種のものは果肉にも含まれているという。植物学上は「ツツジ科スノキ属」に属していて、日本での近種にはクロマメノキ、ナツハゼなどがある。皮ごと生食すると口の中が青く染まるが、この色素の中にアントシアニンが含まれているらしい。この色を草木染めに使う人もいる。都会のベランダでも簡単に栽培できるので、興味のある方にはお勧めする。

谷口 雅宣

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2005年7月14日

ロンドンのテロ (2)

 前回(7月12日)の本欄に、ロンドンのテロ実行犯がイギリス人であることをどう考えるべきか、と書いた。これを日本に当てはめれば、日本の地下鉄で爆弾テロが起こり、その実行犯が海外テロ組織の支援を受けた(外国系)日本人だったということだ。そして、その海外テロ組織のある外国と、テロ実行犯の出身国は別であるということだ。日本ではちょっと想像しにくい事態だが、イギリスでは、それが起こった。その海外テロ組織とテロ実行犯とは、同じ信仰あるいは信念で結ばれている。そうなると当然、その信仰や信念をもつ人々全体が、国籍の如何を問わず“潜在的テロリスト”として疑いや憎しみの目を向けられることになるだろう。そういう事態がイギリスで起こりつつあるようだ。

 7月13日付の『ヘラルド朝日』紙によると、テロが起こった先週の木曜日以降、イギリスでは数日間でイスラム教の4寺院が放火された。放火されなかった寺院も、窓ガラスが割られたり、ドアが傷つけられたり、壁面に人種差別的な落書きをされたり、イスラムで忌み嫌われるブタの死体の一部が投げつけられたりしたという。モスクだけでなく、イスラム教徒の経営する商店や家、自動車などが攻撃の対象となった。また、イスラム教徒個人への嫌がらせも数多くあった。イスラム教徒保安フォーラムのアザド・アリ氏(Azad Ali)によると、先週の木曜日以来、ロンドンにおけるイスラム教徒への嫌がらせは1000%増加したという。
 
 9・11直後のアメリカでも、このようなイスラム教徒やアラブ系住民への嫌がらせが急増したし、“テロとの戦争”継続中の現在も、有形無形の社会的差別がアメリカ社会では起こっている。アメリカの連続テレビドラマ『Whithout A Trace』(FBI・失踪者を追え!)でもそれを取り上げ、アラブ系の優秀な医学生が、昇進や結婚の道を閉ざされて自暴自棄に陥っていく様子を克明に描いていた。だから、今回のテロを計画した者が、自分たちの行動によって、多くの同信者が自国や海外で迫害さたり差別されることを予測できなかったとは思えない。しかし彼らは、それを承知でテロを実行する。そういう心境を、私はよく理解できないのである。

 今回のテロとアルカイーダとのつながりは、まだ確定していない。しかし、仮にそうだとすると、「中東全域から欧米の軍隊を撤退させる」という彼らの目的のために、手段は選ばないということか。オサマ・ビンラデンは、イスラム教ではスンニ派の中でも伝統や聖典の字義的解釈を重んじるワッハーブ派出身であることが、その頑なな信仰姿勢(あるいは政治信条)をある程度、説明しているように思える。よく彼らの行動の典拠とされるのは、『コーラン』の次のような一節である--「騒擾がすっかりなくなる時まで、宗教が全くアッラーの(宗教)ただ一筋になるまで、彼ら(不信仰者)を相手に戦い抜け。しかしもし向こうが止めたなら、(汝らも)害意を捨てねばならぬぞ、悪心抜き難き者どもだけは別として」(第2章「牝牛」193節)。ワッハーブ派は、サウジアラビアの国教だが、サウジ王家側は、この一節の後半部分を根拠として、欧米諸国との協調を正当化するが、ビンラデンなどは、エルサレムの帰属やサウジアラビアへの米軍駐留を見て「騒擾がある」とし、サウジ王家や米英などを「悪心抜き難き者ども」と考えて、徹底抗戦を推し進めているらしい。

 上に引用した章句は、モハンマドが異教徒との戦いと征服によって勢力を拡大していった初期の状況下に啓示された言葉である。そういう千年以上も前のアラビア半島の特殊な状況を21世紀の現代にそのまま当てはめ、聖典の字義通りの解釈によってテロや戦争を正当化するのが、いわゆる「原理主義的」な立場である。『コーラン』には、戦争中に受けた激烈な調子の啓示がこのほかにも数多くあるから、それを現代に字義通りに当てはめようとする原理主義的態度をとる限り、イスラム教は“好戦的”だと警戒される状態は続いていくほかはないだろう。私は、原理主義を超えたイスラムの登場と発展を切に願うものである。

谷口 雅宣

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2005年7月12日

ロンドンのテロ

 ロンドンでの同時多発テロが起こってから、しばらくたった。私は、この事件について本欄で何か書こうと思いながら、ずっと躊躇していた。その理由は、自分の好きな国の人々を責める結果になることを危惧していたからだ。9・11の後に「祈りの言葉」を書いたが、ボストン在住の人から「冷たすぎる」との抗議をもらった。先進国と途上国の国民の間にある経済格差の大きさを、我々(日本を含めて)が無視し続けてきたことに対する反省を込め、報復攻撃の無意味さを訴えた内容だ。しかし、罪のない人々を何千人も殺戮されたアメリカ国民にとっては、不本意なことだが「殺されたのはお前の責任だ」というメッセージに聞こえたのだろう。

 あの未曾有の事件以降に、いろいろなことが明らかになった。「アルカイーダ」という組織のこと、その指導者であるビンラディンという人物のこと、そして、ビンラディンとサウジアラビア王家の関係のこと、サウジアラビア王家とアメリカ石油資本とのつながりのこと、イラン=イラク戦争のこと、その戦争でアメリカがイラクを支援したこと、イラクに大量破壊兵器は存在しなかったこと、イラクとアルカイーダの公的関係は存在しなかったこと等々……。また、あの事件をきっかけにして、アメリカを中心として“テロとの戦争”開始が宣言され、現在も複数の国の中でそれが行われている。今回のロンドン攻撃は、明らかにこの“戦争”の一部である。恐らくアルカイーダの手によるものだ。日本は、この“戦争”にアメリカの同盟国として参加している。だから、同じくアメリカの同盟国であるイギリスに対するテロリストの攻撃に対しては、断乎、反撃すべき立場にある。

 しかし、「テロに反撃する」とは何をすることなのか? 9・11の実行犯の多くは、アメリカにとっては外国人だった。しかし、今回の事件の実行犯4人がイギリス国籍であることを、どう理解すべきか。日本には、かつての政治闘争激しい時代に「連合赤軍」という武闘派政治組織があった。また、最近では宗教的信念から国家転覆をはかる「オウム真理教」がいた。こういう武装闘争派には、海外に支援組織やシンパサイザーは事実上いなかった。つまり、彼らは日本社会からも国際社会からも孤立していたから、純粋に国内犯罪として取り締まり、処罰すればそれでよかった。

 ところが、アルカイーダなどのイスラム過激派組織は、世界的な支援組織をもっているだけでなく、多くのイスラム国家の支配層の統治に反対する夥しい数の、同じイスラム教信者の社会的支援を受けている。この支援の背後には、それぞれの国の国内問題だけでなく、アメリカの中東政策と自国の外交政策に対する、宗教的信念に裏づけられた根深く、そして広範囲にわたる憎しみや反感がある。この「憎しみ」や「反感」が原因であって、テロ活動はそこから派生した結果の一つに過ぎない。他の結果は、イラクやアフガニスタンでの反政府(反米)武装闘争などだ。原因を放置しておいて、そこから流れ出る結果の一つ一つを叩いていくのが“テロとの戦争”なのか? そういう戦争が、勝利をもたらしたことがかつてあるのだろうか? 疑問はつきない。

 7月12日付の『ヘラルド朝日』紙のオピニオン・ページに、シカゴ大学の政治学教授、ロバート・ペイプ(Robert A. Pape)氏の冷徹な分析が載っていた。アルカイーダは“テロとの戦争”に負けていないというのだ。2002年以降、アルカイーダは17件の爆破事件に関与しており、命を落とした犠牲者は700人以上。この犠牲者の数は、9・11に先立つ6年間のすべての爆弾テロ事件の犠牲者数を上回るという。1995年から2004年までに、アルカイーダに支援された自爆テロ実行犯の数は71人で、このうち67人の国籍や出身地を調べてみると、圧倒的多数がサウジアラビアかその他の湾岸地域諸国であり、そこには1990年以来、アメリカ軍が駐留している。その他の出身国を見ても、そこにはアメリカが“テロ支援国”と呼んでいたイラン、リビア、スーダン、イラクはなく、むしろイスラム地域に於けるアメリカの同盟国であるトルコ、エジプト、パキスタン、インドネシア、モロッコの名前があるというのだ。 

 ペイプ教授はさらに続ける--2003年12月にノルウェーの情報機関が発見したイスラム系ウェッブサイトには、アルカイーダの戦略変更を示す長文の計画書があった。それによると、アメリカとその同盟国をイラクから撤退させるためには、9・11のような攻撃では不十分であり、その代わり、アメリカのヨーロッパに於ける同盟国を攻撃する方が効果的だという。具体的には、イギリス、ポーランド、スペインの名が挙げられており、特にスペインは、イラク戦争に対する国内の反対が強いから攻撃対象にできるとされていた。そしてイギリスについては、こうあった--「イラクからスペイン軍、またはイタリア軍が撤退すれば、イギリス軍に大きな圧力を与えることができる。この圧力にトニー・ブレアー(英首相)は耐えられないから、ドミノ・ゲームの牌はすぐに倒れるだろう」。

 私はもちろん、テロリストに同情するものではない。彼らは自分たちの掲げる政治目標のために、無関係の人を大量に殺し、社会に恐怖を醸成することを狙っている。それをもし“神”の名に於いて実行しうると信じるならば、それは神を冒涜する妄信以外の何ものでもない。しかし、彼らに目的を達成させないためには、武力による鎮圧だけでは不十分である。イスラム諸国の国民の心から憎しみや反感を取り去る努力が、もっと真剣に、大々的に展開されるべきと考える。

谷口 雅宣

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2005年7月11日

落雷の被害

 7月7日の本欄で横浜の話を書いたが、その日、私の知らないところで不幸なことが起こっていたのを後から知った。それは、同じ神奈川県の藤沢市で、犬の散歩のために公園を歩いていた64歳と39歳の女性が落雷に遭って亡くなったことだ。この2人は前神奈川県知事、岡崎洋氏夫人の昌子さんと、その娘の晴子さんだった。私は亡くなったお2人にも岡崎氏にも全く面識はないが、しかし何の予告もない突然の死の到来は、岡崎前知事はもちろん、関係者の方々にはさぞ激烈な衝撃だったろうと思い、心よりお悔やみ申し上げたい。また同時に、私は「死」というものが我々の「生」と常に隣り合わせにあることを、このことで再び感じることになった。

 実は、この日の夕方の5時すぎに、私は妻とともに横浜市中区の根岸森林公園にいた。雨は降っていなかったが、空は雲行きが怪しく、ときどき稲妻が走って遠雷が響いていた。私たちは芝生のスロープの上に敷物をしいて座っていたが、用心のため腰を上げ、公園の出入り口近くにあるベンチに移動した。その周りには、やはり同じように不安を感じた人々が--多くの人が犬を連れていたが--三々五々集まってきていた。私たちは、濃い灰色の雲を切り裂く閃光と落雷の音との間隔を指で数えて、「まだ遠いから、大丈夫だ」などと言いながら、暫くベンチに座り、この自然現象を観察していた。そしてまもなく、大粒の雨が降り出したので車の中へ逃げ込んだのだ。『神奈川新聞』によると、この日は午後1時から8時ごろまで、神奈川県内に雷注意報が発令されていたらしいが、私たちは知らなかった。根岸と藤沢市の距離は約15キロ、藤沢市の事故は午後7時20分ごろの発生で、横浜地方気象台は「木の真下は落雷被害に遭う危険性がある。屋内に避難するのが基本」と注意を呼びかけていた。しかし、私たちの座っていたベンチは木の真下にあったのである。

 落雷によって人命が失われることは稀だろうが、高い建物に雷はよく落ちる。だから、海岸線に並ぶ風力発電用の風車などには当然、落雷対策が講じてあると私は思っていた。しかし、7月10日付の『新潟日報』には、上越市で風力発電機への落雷の被害が大きく、修理費がかさんで困っているとの記事が載っていた。新潟県には15基の風車があるそうだが、そのうち6基が上越市内にあって、古いものへの被害が大きいらしい。しかし記事には、同じように落雷が多い山形県酒田市にある9基については、深刻な故障は発生しておらず、その理由は「基礎工事から落雷対策を徹底した成果」だと書いてある。つまり、上越市の初期の施設は、雷様を甘く見て建てた可能性を示唆している。

 発電施設が落雷で故障するというのは、皮肉な話だ。雷は電気そのものであり、立派な自然エネルギーだから、これを地上で吸収して蓄える方法はないものだろうか。そうすれば、施設や人への被害も減ると考えるのは素人の甘い期待だろうか。

谷口 雅宣

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2005年7月10日

芸術は自然の模倣? (6)

 前回までの検討の結果、「芸術は人間の捉えた世界の模倣だ」と宣言してみたが、何となくしっくりしない。ただし、ここで使われている「世界」という言葉は、「自然」と交換可能のものだ。前回、人間を自然の一部として考えることを提案したが、その考えを採用すれば、人間の心の中で起こることもすべて「自然の一部」になる。すると「宮本武蔵の書いた書」なども、この定義の中にうまくおさまってくれる。つまり、「武蔵の書は、彼自身が捉えた彼の心の軌跡だ」と言うことと、「芸術は人間の捉えた世界の模倣だ」と言うことはほとんど等価になる。もしこの表現で問題があるとすれば、それは「模倣」という言葉の運ぶニュアンスだろう。

「模倣する」という日本語には、何かいけないことをするような侮蔑的ニュアンスがある。その一方、「芸術」というものは、一般的には侮蔑すべきものとは考えられていないから、その言葉の定義の中に侮蔑的ニュアンスが残ることには、違和感があるのだ。では、「模倣」の代わりに、もっと価値判断を避けたニュートラルな語を使ってみたらどうだろうか。例えば「模倣」ではなく「複製」を使うと、「芸術は人間の捉えた世界の複製である」という定義ができる。また、人間の心も「世界」あるいは「自然」の一部として捉える立場をこの定義に反映させれば、「芸術は人間の捉えた世界の一部の複製である」と定義できる。この定義は大丈夫か? 私には、最後に使われている「複製」という言葉がどうも気になって仕方がない。喉の奥に刺さったままの、ごく細い魚の骨のような感じがするのである。

 問題は、「模倣」という言葉を使ったときと、定義のもつニュアンスが余り変わっていないことだ。芸術を「模倣」とか「複製」というような「本物でない」というニュアンスをもった言葉を使って定義していることが、私を苛立たせている。いっそのこと「芸術は人間の捉えた世界の一部だ」と言い切ってしまったらどうか? 模倣でも複製でもない本物の世界の一部だ、と言うことにどんな問題があるのか。あぁ、やはり問題がある。それは、「人間の捉えた世界の一部」は、その人間の脳(または心)の中にあるのに対し、芸術作品そのものは脳(または心)の外にあるからである。脳の中に発生した芸術的感動自体は芸術作品ではない。それは、その感動を覚えた個人の脳内で複雑なパターンのニューロン(神経細胞)の発火として存在しているだけで、その個人の肉体内部から一歩も出ていない。だから、その感動を他人にも感じさせようとして、芸術家は様々な媒体を通して、自分の脳内の感動を“客観化”するのである。その行為を「模倣」とか「複製」という言葉で表現することが間違いなのかもしれない。しかし、ほかにどんな言葉が使えるだろう?

「客観化」という言葉を使ってしまおう。そうすると、新たに「芸術は人間の捉えた世界の一部を客観化する営みである」という定義ができる。しかしこれでは、日記をつけることと、俳句や短歌を詠むこととの区別ができない。日記は、何の感動もなかった日にも書けるが、俳句や短歌はそういうわけにはいかない。では、上の定義に「感動」という言葉を加えてみよう。すると、「芸術は人間の感動を客観化する営みである」というもっと分かりやすい定義ができる。この定義は、何となく私を落ち着かせる。これだと、俳句や短歌ばかりでなく、SF映画や音楽や劇、彫刻や建築にも適用できそうである。読者は、どう思うだろうか?

谷口 雅宣

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2005年7月 9日

神奈川県の“快挙”

 私はかつて本欄の5月13日と29日の書き込みで、マスメディアが“悪いニュース”ばかりを報道する傾向を批判した。もちろん、ニュースの定番として“人情もの”とか“受賞もの”などの明るい記事もたまに出るが、こと犯罪統計に関しては、数ある数字の中から“光明面”ではなく、ことさら“暗黒面”を取り上げて社会に警告を発するというのが、ジャーナリズムの一つのスタイルとなっていた。ところが最近、そうでない例を発見して嬉しくなった。7月7日の『神奈川新聞』の地域版に出た記事が、それだ。今年上半期の神奈川県内の刑法犯認知件数が前年比で「25.1%減少」したというのだ。

「刑法犯認知件数」というのは、犯罪の発生件数とは違う。警察に上がってきた犯罪の通知や被害の訴えを、警察が受理し、書類に残したものの件数を言う。だから、訴えられなければ犯罪にならない種類の“親告罪”(名誉毀損、著作権法違反、強制猥褻など)は、発生しているすべてがこの統計に含まれるわけではない。また、「刑法犯」とひと言でいっても、その中には道路交通法違反(例えば、スピード違反)から殺人事件まで含まれる。そして、前者の件数の方が後者より圧倒的に多いことは少し考えれば分かることだ。しかし、それにしても、前年より25%もその数が減るというのは驚くべきことではないだろうか。神奈川県といえば、横浜や川崎、相模原などの大都市や東京のベッドタウンを数多く含むから、「首都圏で犯罪が激減している」との印象さえ受ける。

『神奈川新聞』の論評は、しかし案外サラッとしている。曰く--「県犯罪のない安全・安心まちづくり推進条例の施行初年は、まずまずの滑り出しになった格好」。県警の生活安全総務課の分析では、この快挙の原因は「行政や住民の意識変化に加え、声掛け・職務質問・検問という『見せる』対策が総合的に犯罪抑止効果を挙げた」からという。犯罪が四分の一も減るという成果の中心的役割を果たしたのは、犯罪全体の9割を占める「盗み」(窃盗)が28.5%減ったことによるらしい。しかし、街頭犯罪である空き巣、路上強盗、ひったくりもそれぞれ36.5%、31.7%、15.3%減っている。また、検挙率(受理した犯罪全体に占める容疑者検挙の割合)は前年比で9.3ポイント向上し、32.7%だった。殺人や強盗、強制猥褻などの凶悪犯の検挙率はさらに向上し、前年比10.9ポイント増の55.5%になったという。

 私は、犯罪というのは様々な要因が複雑に絡み合って生じる社会現象で、「アルコール中毒」や「ホームレス」の発生と同じように、行政側の努力で抑止することには自ずから限界があると思っていた。しかし、神奈川県の成果を見ると、市民の協力もあったのだろうが、「人間やる気になればできるものだ」との感を深くした。同県の今後のさらなる健闘を期待したい。

谷口 雅宣

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2005年7月 7日

横浜の赤レンガ倉庫

 休日を利用して、また横浜へ来た。私とこの町の関係は、本欄ですでに何回か書いているが、“ひと仕事”が終った後の骨休めの場所でもあるのだ。

 今回も「みなとみらい21」地区にあるホテルに泊まったが、その前に赤レンガ倉庫を訪問した。倉庫を「訪問する」という言い方はいかにも大げさに聞こえるかもしれないが、この倉庫は、知る人ぞ知る特別な倉庫である。ここは、かつては横浜港の物流倉庫として盛んに利用されたが、現在はその使命を終え、大々的な補修・保存工事を行ったすえ、「株式会社横浜赤レンガ」としてこの地区のシンボル的役割を果たしている。
RBW2005-1

 前にも触れたが、私は35~36年ほど前の学生時代に、友人に誘われて初めてこの倉庫周辺に来て、赤土色の堂々とした、しかし瀟洒な感覚も持ち合わせたこの3階建ての建物の魅力を知った。倉庫の威容を数字で表すと、1棟の長さが約150メートル、幅23メートル、高さは約18メートルあり、壁面に使われたレンガは約318万個という。それが何棟も並んでいる姿は、なかなか壮観なものだった。当時、すでに築後60年もたった建物だったが、現役の保税倉庫としてまだ使われていたから、平日の日中などはトラックやフォークリフトが周辺を忙しく走り回っていただろう。しかし、私が訪れたのは休日だったから、その“赤い城”のような建物は、静まり返った埠頭の上で、周囲に積荷の山を並べて高く聳えていたのである。家に残っている写真で、この赤レンガ倉庫が写っている最も古いものは、昭和46年(1971年)9月12日の撮影だ。その後、私は何回もここへ来ている。

 現在残っている赤レンガ倉庫は「1号棟」と「2号棟」の2つで、前者が大正2年(1913年)、後者が明治44年(1911年)の建築である。設計については、現在の建物には「大蔵省臨時建築部」と表示してあるが、もっと具体的には妻木頼黄(よりなか)という人の作品だ。使われた赤レンガはすべて国産で、製造元は詳しく分かってはいないが、その中の一つに愛知県高浜市の神谷製瓦所の刻印と同じものがあったという。明治の末期は、八幡製鉄所が操業を始めた頃で、倉庫の鉄骨もほとんど国産で、屋根は三州瓦が葺いてあった。建築当時はまだ溶接技術がなかったから、鉄板の組み立てには手造りのリベットが使われた。ただ、国内で製造できない大型の鉄骨はイギリスのドルマンロング社、天井に使われたアーチ状の波形鉄板はドイツ製だという。つまり、国の建築物だから、大半の建築部材は国産を使ったが、要所に外国製品を使ってあった。当時の政府が国内の技術を総動員して造り上げたことが伺える。
RBW1971-1

 私が新聞記者をしていた昭和55~56年ごろは、物流のコンテナ化が急速に進行中で、大型トラックからコンテナを直接船に積み込むガントリー・クレーンが、本牧埠頭などに次々に建設されていた。赤レンガ倉庫のあった新港埠頭は、その名前にもかかわらず、横浜港では古い方の埠頭だったから、コンテナ化にともなって取扱う積荷の量は激減した。ただ、ここには倉庫の真ん前まで鉄道の引込み線があったから、小型・中型の船を使った貨物の出し入れはまだ続いていた。しかし、大型の貨物船用の埠頭としての役割は終りつつあったと言える。そんな斜陽化の中で、昭和50年代終りに、テレビの刑事ドラマ(多分『西部警察』だと思う)の撮影がここで行われた。すると、一般の人々の注目がユニークな外観をした赤レンガ倉庫に集まるようになり、それに伴ってレンガの壁面には落書きが目立つようにもなった。

 今、新港埠頭だった場所は、みなとみらい地区の広大な公園の一部となっている。赤レンガ倉庫は、紆余曲折のすえ平成14年4月に大改修を終えて蘇り、重要文化財級の建物でありながら、2棟のうち1棟は商業施設として使われながら成功している。この倉庫に、私は学生時代と記者時代に2つの異なる思い出がある。だから今回、その重厚な建物の前に立つと、私はタイムマシンに乗ったような気分を味わうことができたのである。

谷口 雅宣

【参考文献】
○㈱横浜みなとみらい21・神奈川新聞社編著『横浜赤レンガ倉庫物語』(神奈川新聞社、2004年)

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2005年7月 6日

生長の家教修会

 7月5~6日と生長の家の教修会が東京・代々木であったため、その準備もあって本欄の執筆は控えていた。今年の教修会のテーマは「万教帰一」の考え方と方法についてだった。生長の家では、すべての偉大な宗教の教えの神髄は共通していると考え、そのことを「万教帰一」と呼んでいる。これとよく似た「宗教多元主義」(religious pluralism)という考え方があるが、それとの比較や、人類史における「神や仏の変遷」の検討を通して、信仰によって戦うのではなく、平和を持ちきたす方法を模索するのが、この教修会の目的だった。1日目は「宗教多元主義」を学び、2日目は「神と仏の変遷」について研修した。それぞれの主題について本部講師が2人ずつ研究発表を行い、それに続いて私が“まとめの講話”をするという方式だった。

 宗教多元主義は、イギリスの神学者であり哲学者であるジョン・ヒック(John H. Hick)が提唱した世界の宗教の捉え方で、すべての偉大な宗教を人間の側からの「唯一の神的実在に対する様々に異なる応答」として理解し、多くの宗教の伝統を認め、共存しようとする立場だ。ヒックはキリスト教出身だから、これまでのキリスト教が「キリストのほかに救いなし」とか「キリスト教の外に救いなし」という排他的な立場を長らく堅持してきたことを考えると“新鮮味”のある考え方だ。しかし、キリスト教以外の宗教、特にいわゆる“多神教”と呼ばれてきた宗教の信仰者の間には、昔からこの宗教多元主義に似た考え方が唱えられていたことが明らかにされ、興味深かった。また、日本で平安時代後期から奈良時代にかけて大々的に展開された「本地垂迹説」にもとづく神仏習合(神道の神と仏教の仏の結びつき)が、これより遥か前にインドの地においてヒンズー教と仏教の間でも行われていたこと。そして、前者は成功したが、後者は失敗して、釈迦誕生の地であるインドから仏教が事実上消滅してしまったことなど、興味をそそられる情報がいっぱい提供された。

「神と仏の変遷」という意味は、人間が「神」とか「仏」と呼んできた礼拝の対象は、時代や環境の変化、あるいは伝播地の拡大にともなって、性格や属性がうつり変わってきたということである。これは、神仏の側が自らの意志で変化したというよりは、信仰する側の人間が、自分たちの希望や必要性を神仏に“投影”して、信仰の対象の性格を変えてしまうという話だから、普通考えられているのとは逆の関係である。簡単に言ってしまえば、神が人間を創造するのではなく、人間が自分の都合のいい形に神を造るのである。そういう隠された心理が、宗教を信仰する人間の中にあることを理解したうえでなお、宗教が存在することの意味を考えることは、信仰者にとってなかなかチャレンジングである。

 教修会の最後の講話で、私は参加者に対して「宗教は進歩しているか?」と問いかけた。生物学における進化論の影響か、世の中には社会が進歩しているのと併行して、宗教も進歩していると考える人が多いのではないかと思ったからだ。しかし昨今、マスメディアを賑わす宗教に関する報道を思い起すと、宗教の名を語る人間や団体の行動が社会に害を与えたり、社会の存在を脅かすものがあることに気づく。このような印象が生じる原因の一つには、もちろんマスメディアの報道姿勢の問題もある。が、その一方では、宗教の側でも社会に模範を示すような生き方や活動が退潮しているような気がしてならない。単なるPR不足だろうか。そうだとしても、PRも現代の重要な情報戦略である。「燭台は高く掲げよ」との言葉を思い出そう。

谷口 雅宣

 

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2005年7月 2日

芸術は自然の模倣? (5)

 前回までの検討によって分かってきたことは、我々が「自然」と称しているものを深く考えたとき、それが唯一つの同一のものであると結論する根拠があまりないにもかかわらず、多くの人が何の疑問もなくそう考えている、ということである。「それはなぜか?」と問うた時に真っ先に浮かんでくる答えは、「我々人間が基本的に同一の構造の肉体をもっているから」というものだ。本シリーズの第3回で「自然科学の法則」のことに触れたが、我々がそういう目に見えない法則や定理、公理などを認識できるのも「人間の脳」をもっているからだ。だから結局、いまある肉体のおかげで、他人の見ている世界も自分の見ている世界も同一だとの認識をもつことになるのだろう。とすると、この「肉体」というものは、我々と世界(自然)との橋渡しをするだけでなく、自分と他者との間の橋渡しをしてくれる有り難い媒体(body)だということが分かる。

 自分と世界(自然)との橋渡しをする肉体の主たる器官が、感覚器官である。脳も含めて考えれば「神経系」と表現した方が正確かもしれない。この神経系を通して、我々は自然を知覚し、認識する。そして「カレーはうまい」とか「緑が美しい」とか「冷房がききすぎている」などと感じる。感じるだけでなく、そういう外界の刺激に対して何らかの反応するのが普通だ。カレーの“おかわり”を頼んだり、立ち止まって木々の緑を眺めたり、肩をすくめ両腕を組んで、体温が外へ逃げにくい姿勢をとる。また、そういう自分の反応だけではすまない場合もある。そういう時に、他者に向かってアクションを起す。おかわりを頼むのは、すでに他者へのアクションである。自分で緑を眺めるだけでなく、隣にいる人に「何てきれいな緑なんでしょう!」などと語りかける。あるいは、「こんな所にいたら風邪をひいてしまう」と言ったりする。これらは、自らが知覚し、認識した自然の状態を他者に伝えることであり、その手っ取り早い手段として我々は言語を利用する。

 では、日常の言語では容易に伝えられないような自然の状態を、他の人にも伝えたいときにはどうするだろうか? その時、我々は「芸術」という手段に訴えるだろう。この中には言語の芸術も含まれるから、俳句や短歌、詩、随筆、小説が成立した。写真や絵画、彫刻なども、同じような役割をもつ。そういう意味で、「芸術は自分が捉えた自然の模倣である」と言うことはできるだろう。では、自然界に存在する“自然物”を題材に使わない芸術の場合、どう考えたらいいだろうか? そういう場合でも、芸術は「人間が捉えた自然」の一部を表現していると言えると思う。読者の中には、彫刻や建築、ファッション・デザイン、社会派の映画、SF小説などは、いわゆる「自然」を表現していないと考える人も多いと思う。しかし、「人間も自然の一部」と考えれば、人間の営みを表現した芸術は皆「自然の一部の表現」と言える。ただし、この論法にあまり固執すると、東京都庁の建物のような建築を「人工的な自然の一部」などと言わなくてはならなくなり、何だか詭弁的な匂いがしてくる。

 さて、ここまで考えてくると、「自然とは何か」という疑問に突き当たる。この言葉にはいろいろな意味があるから、使い方を一歩間違うと簡単に妙な結論に陥ってしまう。だから今回は、「自然」に並べて「世界」という言葉を使った場所もある。この言葉の方が、誤解が生じにくいと思ったからだ。したがって、芸術のことを語る際も、こちらを使った方が安全かもしれない。ということで、「芸術は自然の模倣」とするよりも「世界の模倣」と書いてみよう。「芸術は人間の捉えた世界の模倣だ」……しかし、本当にそれでいいのだろうか?

谷口 雅宣

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2005年7月 1日

芸術は自然の模倣? (4)

 本シリーズの前回までの議論で得た結論の一つを確認しよう。私が今、例えば「目の前に紫色の桔梗の花が存在する」と認識したとしよう。この認識の原因は、夢を見たのでも、薬品を服用して幻覚を見たのでもなく、実際に目の前に存在する“何か”を見たとき、それが視覚を通して「紫色の桔梗の花」に見え、手で触れたとき、それが触覚を通して「柔らかい植物の花弁」だと知覚されたのである。その場合、私の脳内に「紫色の桔梗の花」があることは疑う余地はないが、それと同時に、私の肉体の外に(目の前に)も“何か”が存在していなければならない。そして、その“何か”とは、我々が「紫色の桔梗の花」と呼ぶだけのものでは決してない--そういうことだった。この最後の部分--○○と呼ぶだけのものでは決してない--は、「○○と呼ぶ以上のものである」と言い直すことができる。補足しよう。

 ちょうど今日(7月1日)のNHK衛星第二放送で午後7時半から、『インナースペース』(内部宇宙)という映画をやっていた。これは、人間を縮小する実験が成功して、探査船に乗った主人公が探査船ごと人体の内部に注入されてしまう物語だ。すると、人体内部に入った主人公の目の前に血管や内臓の内部などが巨大で、異様な姿で立ち現れ、免疫系は異物排除のために探査船を攻撃する。我々が普通の人間のサイズであれば、決して見たり体験できない世界がそこに出現する。しかし、我々が普通の大きさの人間として、同じ相手(探査船が注入された人物)に相対すれば、それは「○○さん」と呼べば足りるだけの人間かもしれない。この「○○さん」と「巨大で複雑怪奇な生物」とは、外見はまったく違うものだが、いずれも目の前にある同じ“何か”の別の側面である。それと同様の意味で、人間が「紫色の桔梗の花」と呼ぶものも、そう呼ばれるだけのものでは決してないのである。

 そこで質問しよう。本シリーズで検討している「自然」とは、この例における「○○さん」と「巨大で複雑怪奇な生物」のどちらを指すのだろうか? 私は、この両者ともに自然の一部だと考える。しかし、「○○さん」を見ている時には「巨大で複雑怪奇な生物」は見えず、また体験できず、「怪奇な巨大生物」を見ている時には「○○さん」は見えないし、体験できない。ということは、一言で「自然」といっても、それは“観察者”が置かれた空間や時間によって全く異なる様相を呈するのである。

 さて、上に書いたことは、自然のいわゆる“客観的”側面である。(「客観的」という言葉の正当性は、本シリーズでは当初から疑問視されているのでクォーテーションマークで囲んである)しかし、これまでの議論であまり突っ込んで扱わなかったが、自然とは何かを深く考えるには、観察者側の“主観”の問題を抜きにできない。つまり、同じ空間と時間に置かれた2人の“観察者”は、まったく同じように自然を感じ、理解するかと問われれば、答えは恐らく「ノー」なのだ。上記した人体内部の探査船の例を使えば、その探査船に乗り組んだ2人の一方が外科医で、他方が画家だった場合、この2人の見るものは違い、感じるものも違うだろう。同じ時に同じものを見ていたとしても、だ。なぜなら、外科医は人体内部の構造や機能を詳しく知っているから、自分のいる場所が人体のどの部分で、見えている構造は何かということが、ハッキリ分からないとしても充分見当がつくのに比べ、画家はそのような知識がない代わりに、画家としての目で人体内部の構造や組織の動きを「美的に」捉えると思われるからだ。

 このように考えていくと、我々が簡単に「自然」と呼んでいるものは、実はきわめて難解で不可思議で動的なものであることが分かる。それは、“客観的”に無数にあるだけでなく、“主観的”にも何種類も(恐らく人類の数だけ)ある。にもかかわらず、(これが重要なことなのだが)我々はよく単純に「自然は一つである」と信じて生きている。我々が知人友人と自然界のことを語り合うとき、普通この前提が必ずある。一体、これはなぜだろうか?

谷口 雅宣

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