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2005年6月18日

青 柿

長崎・西彼町で行われた生長の家創始者・谷口雅春先生の20年祭が終わり、東京へ帰るまで少し時間があったので、妻の誘いに乗って近くの漁村まで足を延ばした。近くに「バイオパーク」という動物公園があるところで、宮浦という名の静かな村だ。「大分前に一度行ったことがある」という妻の記憶を頼りに車で行くと、湖のように波のない入江を前にして、漁船やプレジャーボートが6~7艘、岸壁に繋がれていた。

昼少し前のまぶしい光の中で、波の音もなく、人声もない。聞こえるものといえば、上空をいくトビの鳴き声と、遠くで機械を使う虫の羽音のような音。我々は1軒の二階家の近くへ行き、その庭の畑に植えられた作物について、いろいろ詮索した。まだ実の小さいスイカが、藁を敷いた畑の上に蔓を伸ばしていた。あった。地面からニョキニョキと首を出したダイコンがあった。特大の大きさに育ったサニーレタスがあった。枝豆やトマトも育っていた。そして、裏の畑では一面に赤く見えるほど、赤ジソが育っていた。ウメの実ができる頃だから梅干を作るためだろう、と妻は言った。育ちすぎた生垣の脇から、アマリリスが3~4輪、見事なラッパ形の花を咲かせていた。マツバボタンが肉厚の茎と葉を伸ばし、濃いピンクの花を思い切り開いている。その大きさが、また我々を驚かす。入江の対岸へ行こうとして車を走らせると、途中の田んぼで、食物を物色中の白サギと青サギが、我々に警戒して動きを止めた。

動物と植物と人間のどれもが、互いに冒し合わずに繁栄している--そんな印象を受けた。

Aogaki
生長の家公邸へもどって、また庭を散歩した。ここには畑や田んぼはないが、その代わり藤やソテツ、桜、梅、蜜柑の木が、初夏の日を浴びてすくすくと育っている。桜やソテツは花が終り、実や種ができている。私は柿の木の下に黄緑色の小さな実がいくつも落ちているのに気づいた。果樹には実を太らせる前に、余分な実を自ら捨てるものが多い。蜜柑もブルーベリーもそうだし、柿も同じことをする。私はこの時、東京・世田谷の駒沢に住んでいた時、マンションの狭い庭に生えていた柿の木が、初夏に小さな実を無数に落としたことを思い出した。直径1~2センチの実で、ちゃんと柿の形をしているのを、子供と一緒に面白がって拾ったものだ。

「青柿」といえば晩夏の季語だが、初夏にも小さい実は落ちている。実が大きくなったとき「ヘタ」と呼ぶ緑色の部分は花のガクだが、小さい青柿はこのガクが、手足を躍らせているように見えてかわいらしい。

青柿の踊る手足や親何処

谷口 雅宣

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コメント

 雅宣先生、純子先生 お元気で長崎を満喫されておられるのですね。私はまだ長崎に行ったことがないので いつか是非行きたいと思っていますが 残念ながらなかなか行けるようになりません。
 お二人の自然を愛するお気持ちが私にも届きます。
 道を隔てたお隣には 今青柿が沢山ついています。一年おきぐらいに豊作がやってくるようで 今年は豊作のようです。実ったら美しくみごとで よその柿ながら しっかり観賞させてもらっています。おこぼれもいただけそうで 裏山のカラスや小鳥と同じ気持ちで チェックしています。(^_^)b
 ところで 私の台所のテーブルで 里芋の葉を 育てて 飾っているのですが おしゃれな観葉植物のようです。小さな葉の一つ一つに 露が乗っているのですよ。丸い真珠のようでもあり 輝きがダイヤのようでもあり とても綺麗です。葉のどこかに涙腺かなにかがあるのでしょうね。今は小さくて良いのですが このまま大きくなったらどうしたらいいかと ながめています。( ・。・)?
一度おためし下さい。  

投稿: 井上 春美 | 2005年6月20日 00:36

井上さん、

 コメントありがとう。

 芋のことですが、私の妻もときどき、料理に使った“残り”を水に浸けて目を出させ、涼しい葉を楽しむことがあります。

 生活の各所に美しいものはあるものですね。

投稿: 谷口 | 2005年6月20日 11:09

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