« ロシアの心変わり? | トップページ | 芸術は自然の模倣? »

2005年6月26日

外国の神

 大分県別府市で行われた生長の家講習会では、予想外に多くの質問をいただいた。その中で一つ、とても短い質問があった。津久見市で農業をしている77歳の男性からのもので、「外国にも神様がおられますか」という内容である。

 私は、午前中の講話で「万教帰一」という生長の家の考え方を説明しているが、日本語で「神」と書いて表現しようとしているものを、外国ではそれぞれ別の呼称で呼んでいることを例示し、「同じ一つの神であっても、表現される際には必ず言語や文化の影響を受ける」ことを話している。今日も、その話をしたばかりだったから、この人の質問には少し驚かされた。私の話の趣旨がまったく伝わっていないと思ったからだ。が、よく考えてみると、この人の問題意識は素朴ながらも、重要なものではないかと感じた。

 古代メソポタミアの都市国家においては、それぞれの都市がそれぞれの神を祭っていた。国に“守護神”がいたと言ってもいいだろう。城壁で囲まれた都市の中の最大の施設はその神殿であり、最高の権威者は守護神に仕える祭司だった。そういう時代にあっては、隣の国が祭祀する神は、まさに“外国の神”だったことになる。そして、都市国家間で戦争があれば、勝者側の神が敗者側の守護神になる。日本においては「鎮守の神」がこれに比べられるだろうか? 明治大学の教授をしていた萩原龍夫氏(故人)によると、「氏神」とか「産土の神」というのは、もともと特定の名前が付されていなかったそうで、時には神が入れ替わることもあったという。特に「氏神」は、村の名士や神主の家系とも関係していることを考えれば、村落の人々や有力な庄屋などの村の代表者の考え方によって、祭祀する神が代わることもありえるだろう。まぁ、これは私の想像にすぎないが、とにかく、大昔の社会では、人間の居住範囲に相応して別々の神が存在していたとしても不思議はない。

 しかし、21世紀の現代において「外国にも神様がおられますか?」と問うことは、相当なものだと思う。テレビニュースや新聞等ではほとんど連日、宗教に関係した紛争やテロ、戦争などが報道されている。そのすべては外国のことである。仏教は、外国(インドや中国)から入ってきた。キリスト教が日本に入ってきてからでも、もう500年以上たっている。この77歳の農業家が、そういう事実を知らないとは思えないのである。ではなぜ、こんな質問をしたのだろう、と私は考えた。そして、行き着いた結論は、「ここでは言葉が省略されている」ということだった。この農業家はきっと、「外国にも(私が信じるような)神様がおられますか?」と訊きたかったのではないか。もし、そうだとしたら、私は「ノー」と答えるべきだったのかもしれない。

 実際の講習会では、私は「イエス」と答えた。それは、まったく常識的な理由からである。“常識的”という言い方がマズければ「一神教の観点から」と言おう。生長の家では唯一絶対神を信仰するから、そういう神は、言葉の定義からして「自国」とか「外国」の区別をしないものである。「天地」や「宇宙」を創造した神が、その宇宙のごくごく一部にすぎない地球上の、さらにごく一部の「日本」とか「イラク」とか「アメリカ」などという国家の内側に小さく縮こまって存在し、そのほかの国や星や天体と無関係であると考えるのは、論理的な破綻以外の何ものでもない。しかし、こういう「論理」から一歩離れ、実体験を重視した場合は、“外国の神”というのはあり得るのだと思う。それは文字通りの「外国の神」ではなく、「外国の文化様式に則って祭祀され、表現されてきた神」のことである。

「聖なる印象」は、文化によって異なるということである。ヒンズー教の寺院へ行ったとき、パリのノートルダム寺院で祈るとき、イスラムの拝殿に跪いたとき、東大寺の大仏を見上げたとき、鎮守の社の前で手を合わせるとき、我々が受ける「聖なる印象」は皆違う。それを「文化が違う」とは考えずに「神が違う」と感じる人がいても不思議はない。77歳の農業家は、外国へ行ったときにそう感じた。だから、「外国にも(私が信じるような)神様がおられますか?」と私に訊いた。この質問に対する答えは、なかなか難しい。

谷口 雅宣
 

|

« ロシアの心変わり? | トップページ | 芸術は自然の模倣? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 外国の神:

« ロシアの心変わり? | トップページ | 芸術は自然の模倣? »