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2005年6月17日

肉体と精神

今日の午前、長崎県西海市西彼町の生長の家総本山で、生長の家創始者・谷口雅春先生の20年祭が執り行われた。以下は、そこに集まられた人々への私の挨拶(要旨)である:

谷口雅春先生がお亡くなりになって20年になるが、私はまだ先生が亡くなったという感じがしない。朝、神想観をし、聖経を読み、『真理の吟唱』を読み、仕事場である生長の家本部ではご著書を読み、この総本山へ来れば、七つの燈台に、霊宮に、顕斎殿に先生のアイディアが満ち満ちているのを感じる。奥津城にお参りさせていただけば、先生にご挨拶ができ、お話もさせていただけるような気がする。しかし今、大聖師の肉体はどこにあるのだろうか? それは、墓石の下に安置された小さな骨壷の中に、白いお骨だけが残っているにすぎない。

今日、この本山に集まられた皆さんも、きっと私と同じような感想をもたれたと思う。ここに集まられた皆さんすべての心の内に、谷口雅春先生はにこやかに、また時には少し厳しいお顔をして生きておられると思う。ご著書の頁を開けば、そこに先生は生きておられる。我々の生活の中に、先生は生きておられる。それは、肉体の残骸にすぎない“お骨”が今、お墓の中でどういう状態であるかということとは全く関わりなく、先生の精神が、我々の生活のあらゆる処に生きておられるということである。このことが、人間は霊であり、肉体ではないということを有力に、実感をもって我々に教示している。

私は最近、人間の肉体は衰えるということを実感するようになった。それは「老眼」が進んできて、眼鏡を使わないと本の小さい字が読めなくなってきた。10年ぐらい前は、生長の家の機関誌の字が小さくて読みにくいという声があるのを知っていたが、その「読みにくい」ということが実感できなかった。ところが今は、それが実際どういう具合なのかがよく分かる。しかし、肉体の衰えは精神や心の衰えではない。むしろその逆であり、心や精神の拡大に伴って、肉体がその要求に応えきれなくなっている、と言った方が正確である。本が読みたいと思っても、眼鏡なくして読めない。心が「もっと読みたい」と思っても、肉体である目の方が疲れてしまう。すると心は、「ああもっと若かった、昔の肉体に返りたい」などと思う。

しかし、精神の拡大とともに肉体の機能や能力も拡大し続けることは善いことか? 肉体の能力に一定の制約があり、加齢にともなってその制約も大きくなるということは悪いことだろうか? 最近、100メートル走の世界記録が3年ぶりに塗り替えられた。ジャマイカの短距離走選手、アサファ・パウエルという22歳の黒人男性が9秒77という新記録を樹立した。身長190センチ、体重88キロの大型選手だ。この人が、仮に今後も肉体が成長し、能力も伸び続けていけばどうなるか? それは本人にとっては良いことかもしれないが、他の選手や人類全体にとってはどうか? シアトル・マリナーズのイチロー選手が最近、1000本安打を達成したが、彼が今後もどんどん記録を伸ばし、1500本、2000本……と記録を更新し続けることは善いことだろうか? また、打率もどんどん伸ばして、4割を達成するどころか、5割、6割も打ち続けることが、野球全体のために善いことだろうか?

私は、精神と肉体の発達がズレていることによって、人間はこの世で重要な教化を受けるのだと思う。それは、「人間の本質は肉体ではない」ということである。精神の要求が拡大するにともなって肉体の大きさや能力が拡大していけば、人間は「自分は肉体そのものだ」と実感するだろう。しかし、精神や心が如何に望もうとも、肉体の能力の限界を感じることによって、人間は「あぁ、自分は肉体ではない」と実感するのだと思う。そして、肉体の側からの要求に対して、「ノー」と言うことができるようになるのである。 

そのことを谷口雅春先生は、毛虫と蝶を例に使って見事に説かれている文章がある。『希望を叶える365章』(日本教文社刊)の93~94頁を読んで、そのメッセージをじっくり味わっていただきたい。

谷口 雅宣

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コメント

谷口雅宣先生

 実は今回、私は団体参拝練成会に参加させて頂きまして、菅原総務以下の素晴らしい先生方のご指導で又、生まれ変わることが出来ました。

 しかしながら、17日午後からの参加でしたので大変申し訳ないのですが雅春先生の20年祭には間に合いませんでした。
 従って、先生のお話を拝聴することが出来ませんでしたので非常に残念に思っておりました。
 でも今回の御文章でその内容を知る事が出来て大変有り難いことだと思います。

 先生の御文章を拝読させて頂いて、人間は肉体ではないということの意味を改めて教えて頂きました。そういう意味で谷口雅春先生のお命も生き通しであられるのですね。

堀 浩二

投稿: 堀 浩二 | 2005年6月20日 12:25

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