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2005年6月 6日

バナナと芭蕉

やっと夏らしい気温になってきた。予報では東京地方は25℃ということだったが、妻に聞くと「もっと上がった」という。世の中では6月から「クールビズ」なるものが推奨されているが、朝夕の仕事場との往復にはまだ夏物スーツで耐えられる。というか、今日は湿度が低かったせいか快適な歩行が楽しめた。数日前の新聞に「梅雨入りが遅れている」と書いてあったが、太平洋上を北上中の台風4号が日本列島に近づけば、日本海にいる高気圧を押しのけて梅雨前線を引き寄せてくれるだろう--などと素人考えで天気図を読んだ。

家の庭にはバナナの木があった、というのが私の記憶である。ところが、母はそんなはずはないと言うから、多分彼女の記憶の方が正しいだろう。しかし、小学生頃の私の記憶として、あのバナナの花の巨大なグロテスクな姿が脳裏に焼きついている。記憶は作られるというから、どこかの温室で見たバナナの花と、庭にあった芭蕉の記憶とが合成されたのかもしれない。バナナは、バショウ科の大型多年草で、日本名はミバショウ(実芭蕉)というから、記憶の中で芭蕉と混同されても無理はないだろう。

ところで、インドはバナナの産地である。だから、釈迦の時代から実を食用に供するだけでなく、その大きな葉を食器として使っていたという。初期の仏典にはモーチャパーナ(mocapana)というバナナの果汁を記述した文章があって、それは漢訳されて「芭蕉漿」と表記された。また、バナナの葉鞘をむいていくと、タマネギの皮のようにどんどんむけて、ついに茎がなくなってしまうことから、仏教で「芭蕉のごとく」と言えば「実体は空なり」という意味になる。生長の家の谷口雅春先生もこれを援用されて、「久遠いのちの歌」の中で「是の身は芭蕉の如し/実ありと見ゆれども/中空にして実あらず」と書かれた。しかし、この「芭蕉」がバナナのことだと思う人は少ないだろう。

バナナの育つ北限は、どこだろう? 百科事典には「九州南部でも栽培可能な品種がある」と書いてある。地球温暖化が進行すると、熱帯の植物が現在の温帯地域でも育つようになると言われる。私は、そうすると東京でもバナナの実が獲れるのではないか、などと思ったりする。多分、バナナが好きだからだろう。それから、(これは秘密にしていたかったのだが)実は私の仕事場から歩いて行ける距離に、バナナの木が1本生えている。明治神宮外苑近くの団地の中だ。数日前にそこを通ったら、あのグロテスクの花がついていた。花の根元には実になる前のとがった房が何本か出ていた。これが順調に育ってくれれば、温暖化にも感謝できるというものか。
TBanana

皆さんのお住まいの近くにも、バナナの木はありませんか? 北限をさがしてみませんか?

谷口 雅宣

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コメント

はじめまして。
テレビ朝日映像の淡川と申します。

私どもは、現在、環境番組を制作しております。

今回、谷口さんのブログでの情報を、もう少し詳しくお聞きできればと思っていますので、お手数ですが、こちらのコメントをご覧になりましたら、1度ご連絡いただければと思います。よろしくお願い致します。

投稿: 淡川和真 | 2008年7月10日 17:16

http://kiguchi.a.la9.jp/K_banana.html

に書きましたが、静岡県沼津市では写真ほどの実がなり、成長中です。文章下の方の画像は、黄色ですので、「バショウ」だと思われます。

投稿: 木口 貢 | 2011年7月26日 12:03

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