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2005年6月 5日

遺伝子の不思議

私は時々、遺伝子操作の問題や動物のクローン作成のことについて書いたり発言しているが、だからといって遺伝子のことをよく知っているわけではない。遺伝子がデオキシリボ核酸(DNA)という物質の配列の上に乗っていることは知っているが、「物質の配列の上に乗る」ことと、生命体の構造や行動をその「配列」が支配することの因果関係の詳細については、ほとんど無知である。だから、これから書くことについては、遺伝学や分子生物学の素養のない素人の疑問だと思って、どなたかから御教示を受けたいのである。というのは最近、①「遺伝子が一つ違えば(表現型が)これだけ異なる」ということと、②「遺伝子は同一だが(表現型が)これだけ違う」ということの例が報道され、遺伝子をめぐる私の(乏しい)理解がますます混乱をきたしてしまったからだ。

まず①の例から--これは遺伝子の強力な“支配力”を示す例だと思うのだが、『ヘラルド朝日』(6月4~5日)紙が伝えるところでは、最近、科学専門誌『Cell(細胞)』に載った研究によると、科学者たちはミバエのゲノム中の遺伝子を1個変えるだけで、メスのミバエがオスのミバエと同じ行動をすることを発見したそうだ。また、オスのミバエの同じ遺伝子を操作してメスの形に変化させると、このミバエは受動的になり、メスにではなくオスに対して関心を示すようになったという。ここから浮かび上がってくる可能性は、ミバエだけでなく、我々人間の性的嗜好というものも、もしかしたら遺伝子の型によって決まっているのかもしれないということだ。もちろん、人間の性的嗜好がミバエと同じように、「ただ1個」の遺伝子によって支配されているとは思わないが、しかしそれにしても、遺伝子の支配力の大きさをこの研究は実証していると思うのである。

ところが、である、②の例を示す事実もある。--6月5日の『朝日新聞』日曜版には「life & science」の特集頁がついていて、そこではクローン猫が、遺伝子をもらった“親猫”と行動パターンが異なるだけでなく、毛の色まで違ってきたと書いてある。また、体細胞クローニングの方法によって生まれた6頭のホルスタイン牛の顔にある白黒の模様が、6頭それぞれが微妙に異なることが写真で示されており、性格も違うという。そして、記事には「遺伝子すなわちDNAが一緒でも、成長した個体はそっくり同じにはならない。クローンはむしろ、DNAですべてが決まらないことを語っている」と書いている。

私は、この②の例のようなことは理解できるし、現に自分の本の中にも「遺伝子が同一の一卵性双生児でも、指紋は違うし性格も違う」ということを書いた。これは必ずしも他人の受け売りをしたのではなく、私自身の観察にも基づいている。小学校と中学校に行っていた頃、私より1学年上に一卵性双生児の男子生徒がいたが、2人の顔は微妙に違い、性格も違っていたからだ。では、もし②が正しいのであれば、①の例はどう理解すればいいのだろうか? これは、単に研究対象がミバエという“単純な”生物だったからそういう結果が出たのであり、人間のような“複雑な”生物の場合は、また異なった、もっと複雑なメカニズムが働いて性的嗜好が形成される--そういう理解でいいのだろうか。どなたか、教えてください!

そして最後に、宗教や倫理とも関係のある側面について言えば、ゲイであることとないことの違いが(ミバエのように)遺伝子によって左右されるのだとすれば、「同性愛は罪である」とする一部の宗教的見解の基礎が揺らいでくるように思う。なぜなら、我々が受精卵としてこの世に存在をはじめる際、自分の遺伝子の配列の仕方に影響を与えることなど普通はできないと思うからだ。(それともできるのだろうか?)

谷口 雅宣


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コメント

橘 正弘です。先日はコメントをいただきありがとうございました。
「遺伝と環境」
私には誕生日が同じ日の兄がいます。一卵性か二卵性か定かでありませんが、私たちは双生児です。兄と一緒に過ごしたのは胎内と生後40日ほどで、再会したのは高三のときで、18年間は兄弟としての交流はまったくありませんでした。
彼、兄と初めて対面した時も「似ていないなあ」と思ったものです。性格も趣味も違いますし、精神世界についてはまったく興味がありません。今でも、年に一度ぐらいは対面することもありますが、生活体験に共通性がなく話がかみ合わないのです。
双生児研究のジャックとオスカーの例のように生育歴は似ているようですが、性格形成は遺伝よりも生活環境によるのである、と考えています。
なお、精神世界の漂泊を続けていた私に、「お前なら分かるだろう」と谷口雅春先生の『如意自在の生活365章』を届けてくれたのは実父でした。”人生は小説よりも奇なり”という稀なケースなのでしょうか。

投稿: 橘 正弘 | 2005年6月 7日 22:31

橘さん、

「性格形成は遺伝よりも生活環境による」というのは、同感です。また、同じ生活環境でも、何番目の子供であるか、が性格を大きく左右することもあると思います。

投稿: 谷口 | 2005年6月 8日 10:44

ご無沙汰しております。
私は今、プロの演出家と一緒に専門学校などでドラマセラピー講座をプロデュースしているのですが、人間の普遍的潜在意識の中に潜む「情動」についての講義の時、MHCの話を聞きました。

MHC(Major Histocompatibility Complex)とは組織適合性抗原、または主要組織適合性複合体という白血球にある遺伝子の複合体で、自分と他人とを区別する遺伝子のかたまりのこと。
これは親から子に遺伝し、その遺伝子は第6染色体にある。このMHCがフェロモンの基となる小さな分子を組み込んで、尿や汗に混じって体外に出ると考えられている。フェロモンは、脳に意識されないで無意識に自分たちの行動を変えてしまうもの。
もともと臓器移植で臓器の相性を決める物質として発見されたものでMHCが近いほど相性が良いとされている。
これが逆にMHCが離れているほど男女が惹かれあうということも実証されている。
また、これを「ヒト白血球型:Human Leukocyte Antigen」ともいう。

投稿: 太順 | 2005年6月11日 00:36

太順さん、

 お久しぶりです。

 でも、MHCってスゴク難しいですね。
 私にはほとんど“外国語”のようです。

 情動とMHCがどう関係するのでしょうか?

投稿: 谷口 | 2005年6月11日 18:13

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