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2005年5月28日

ヤチボウズとビール工場

 生長の家の講習会で釧路市に来ている。前日の天気予報では、「曇り所により夕方雨」ということだったが、空港に着陸するために高度を下げていく搭乗機の窓が、いつまでも白いままで時間が過ぎる。そして雲が切れたと思ったら、もう滑走路のすぐ上にいた。私の乗ったJAL1143便の前2便は、霧が深いため着陸できなかったと聞いたから、我々はラッキーだったのか、あるいは搭乗機の機長が冒険家だったのだ。いずれにしても、ありがたいことだ。空港のビルを出るとひんやりとした空気に包まれる。予報では翌日の最高気温が12℃、最低は7℃とあったから覚悟していたものの、背広の上にスプリング・コートでは寒いぐらいだ。「日本は広い」と感じた。

 空港から車で約50分走ると、釧路市の中心部へ着く。途中、見渡すかぎりの平原と、その向こうに横たわる薄墨色の山と森を眺めながら「ロシアもこんな風景なのか?」とふと思う。根釧地方は、年中霧が深く日照が弱いために農産物があまり育たない。だから牧草を育てて牛馬を放牧するのだ、といつか聞いたことがある。その広大な牧草地で牛が草を食む姿が点々と見える。馬の姿もある。カマボコ屋根の倉庫の戸の間から、牧草を丸めた大きな束が見える。車を運転してくれた人が、この牧草地の由来を教えてくださった。この辺りはもともと湿地帯で牧草など生えないところだったが、土地の周りを囲むようにして溝を掘り、土中の水を川へ流して水はけをよくしたところ、ようやく牧草が生えるようになったという。よく見ると、なるほど牧草地の周囲にはまだ深い溝が残っている。しかし、(と運転手さんは続ける)こうして牧草地ができてみると、今度は「自然保護」が叫ばれるようになり、釧路の湿原を回復させようと言われるようになったという。人間社会には「時代の変化」というものがある。

 広大な牧草地が、実は昔は湿原だったという証拠を教えてもらった。それは、牧草の間の所々に頭をもたげている「ヤチボウズ」という草の塊のことだった。このヤチボウズが湿原の印だという。「谷地坊主」とも「野地坊主」とも書くらしく、スゲ類の株が密集したもの。高さ数十センチほどに盛り上がっているのが、子供のイガグリ頭に似ているところからこの名があるという。スゲ類は根元から多くの茎を密生させ、分けつすることによって叢株をつくる。毎年、この同じ株からスゲ類が生い茂るので、やがて大きな株となる。冬季に土が凍結すると、霜柱が土を持ち上げる原理で地面が隆起し、ヤチボウズは株ごと持ち上げられる。春には雪解け水や雨水が湿原に流れ込んで、叢株の根元の土を抉り取る……こうして数十年で40~50cmの高さになるという。スゲ類は生命力が強いから、牧草が辺りを覆った後もヤチボウズを成長させるのだろう。詳しくは、このURLを参照されたい。

BeerFactory
 釧路全日空ホテルにいつもより早めに到着したので、部屋で一息ついたあと、妻と2人で周辺を散歩した。といっても、10℃前後の気温でしかも結構強い風が吹いていたから、両手をポケットに突っ込み、コートの襟を立てて、前かがみで早足で歩くのである。釧路川を挟んだホテルの対岸には、黄色い壁のビール工場の建物がある。その色が、周囲の渋い色の建物群や岸壁の灰色と対照的だったので、かつてスケッチしたことがある。ところが、今日見たビール工場の壁は、屋根や窓から無数に垂れ下がるサビの色が見苦しい。「どうして掃除しないのだろう?」と思いながら近くまで行くと、原因が分かった。工場は閉鎖していた。土曜日だから閉鎖していたのではなく、明らかに廃業の状態だった。周囲の店の中にも、空き家や廃業の店が目立つ。屋根が崩れ落ちた民家もある。「諸行無常」という言葉が頭に浮かんだ。それと同時に、自然界にはヤチボウズのように年とともに育っていくものがあっても、人間界では、上がったものは下がる時が必ず来るのだと思った。

谷口 雅宣

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