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2005年5月10日

北朝鮮の核実験

4月2日の本欄でイラク戦争の原因について触れ、「戦争の原因は迷妄だ」と書いた。このことをもし北朝鮮との関係に当てはめた場合、どうなるだろう。シミュレーションで答えを探ってみたい。

アメリカのイラク侵攻の最大の理由が「石油」ではなく、フセイン大統領(当時)が大量破壊兵器を開発しテロ支援をしているとの米英両首脳の「誤解」だったとしよう。すると、ブッシュ大統領は、敵が抜いて撃つのを待っていては倒されるから、「相手より先に抜いて撃て」(先制攻撃論)との危機感からイラクに侵攻したことになる。この、相手をして交渉の余地のない「敵」と信じることが(つまり、圧倒的な不信感が)、今回の戦争を引き起こした--こういう論が立てられるだろう。もちろん、アメリカ側の言い分は他にもあるだろう。例えば、そもそも9・11は戦争行為そのものだから「先に抜いて撃ったのは敵方だ。我々は正当防衛をしただけ」という反論はある。しかし、その「敵方」が誰かを間違ったという事実は無視できない。

イラクよりずっと複雑だが、少し似たような状況が今、朝鮮半島にあるのではないか。かの国はアメリカ大統領の演説の中でイラクと共に“悪の枢軸”と名指しされた。その後イラクが攻撃され、政権転覆が実現した。かの国の金さんが「次はオレか」と身構えても不思議はない。彼とフセインの共通点は、双方の手法が人間不信による恐怖政治だということだ。自らの政権維持のためならば、文字通りどんな“悪”も正当化する。多くの国民を化学兵器で殺したり、強制労働で過労死や餓死させたり、麻薬の売買でも人間の拉致でも拷問でも処刑でも何でもする。それができるのは、人間を基本的に“悪”だと見ているからだ。「悪に対するには悪をもって相対せよ」というわけだ。そのような人間に「我々は善意と好意をもって君と交渉する」と言って近づいても、「よし、わかった」と簡単に納得することはないだろう。

そういう意味で、アメリカが「直接交渉はしない」と言って6ヵ国協議の再開を迫るのは理解できる。しかし、その協議メンバーのそれぞれの立場と事情が少しずつ違うので「一つの声」がなかなか出せず、状況はきわめて複雑だ。この複雑さをうまく利用して、かの国は自国の要求をできるだけ貫こうとしており、それが一部成功している。アメリカのライス国務長官は3月、“悪の枢軸”のはずだった国の「主権」を認める方針に初めて言及、そしてアメリカは先制攻撃をする意図はないと言明した。さらに今日(5月10日)の『朝日新聞』の報道では、同長官は、かの国が主権国家であることは「明白だ。彼らは国連の加盟国だ」と宣言した。このようなアメリカの態度の変化は、韓国や日本の立場に歩み寄ったとも解釈できる。が、重要なのは、かの国の金さん自身が、それをどう考えているかということだ。彼が、「核兵器の開発を進める(あるいは進めているように見せる)ことが交渉を有利に導く」と考えているならば、かの国の瀬戸際外交はまだ当分、続くだろう。

さて、かの国が実際に「核実験」をした場合はどうだろう? その影響はきわめて大きい。韓国や日本の安全保障とも深く関わってくるので、それへの各国の反応を予測することはなかなか難しい。それに、この行為は後もどりできない。つまり、「核兵器を作ってみたけど、ヤバイからやめた」というわけにはいかないのだ。だから、かの国がもし核実験をする能力が仮にあったとしても、それを行うのは“最後の手段”としてだろう。自国(あるいは金さん自身)が深刻な危機に向かっていると感じた時以外、私はこの手段に訴えることはしないと考える。これは金さんが“性悪説”を信者であるがゆえに、そう言える。性悪説の信奉者は猜疑心にあふれているから、敵に攻撃の口実を与えることは避けると思うのだ。

ではなぜ今、かの国は核実験をする準備のようなものをして見せるのか? それは、(万が一の場合に備え)アメリカの偵察能力を知ることと、日本に拉致問題を諦めさせること、韓国を宥和政策に引きつけておくこと、そして(最大の目的は)アメリカとの直接交渉だろう。

まあ、この辺のところまでは誰でも考えるかもしれない。では、戦争の危機はいつ来るのか? それは恐らく、6ヵ国協議のメンバー国のいずれかが「先に抜かなければ撃たれる」という心理状態になった時だ。最も可能性が高いのは、日本と韓国、それにかの国自身がそうなった時だ。この「撃たれる」という意識は、必ずしも直接的な武力攻撃だけを意味しないかもしれない。日本が真珠湾攻撃に踏み切ったのも、アメリカの武力攻撃が先に来ると考えたからではなく、経済封鎖でジワジワと首を絞められると考えたからだ。もう窒息死だけが残されていると考えれば、捨て身になって反撃する。だから、経済制裁の発動はよほど慎重にしなければならない。もし本当に発動するのならば、相手にとって致命的なものは避け、象徴的だが軽微なものから実行に移す。また、相手が交渉にもどる道を必ず残し、そういう自分の意図を相手に明確に伝えること。つまり、相手を手に負えない全くの“悪”だと考えないことが重要だ。注意深く相手の手の“裏”を読み、次の手を考え、徒に騒ぎ立てないことだ。

谷口 雅宣

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