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2005年5月13日

人が犬に噛みつくとき

 「何がニュースか」と考えるときに、暗黙裡にジャーナリストが使うモノサシがある。それは「犬が人に噛みついてもニュースでないが、人が犬に噛みつけばニュースだ」というものだ。つまり、世の中で普通に起こる確率が少なければ少ないほどニュース価値が大きい、という考え方だ。

 この基準を、私は昔から批判してきた。なぜなら、この基準を使えば、世の中で起こりにくいこと--異常な事件、大犯罪、正視しがたい不幸な事故など--がメディアで大きく、頻繁に取り上げられることになるからだ。しかも、このグローバル化した世界では、世界中の優秀なジャーナリストが競ってそれを行い、衛星放送のネットワークに乗って、世界中の異常事件、異常事故、異常災害が繰り返し、繰り返し、一般人のお茶の間に流され続ける。その結果生まれるのは、大規模な事実の歪曲である。個々の事件や事故は、確かにその時、その場で起こっている“事実”だろう。しかし、異常事実ばかりが集められ、それがいつのニュースでも繰り返して放送され、印刷され、インターネット上に掲載され続けることによって、「稀な事実がいつも起こっている」という反事実が世界的に定着してしまうのだ。

 この大いなる矛盾を、世界のジャーナリズムが一顧もしないことを、私は嘆いていた。が最近、ジャーナリストの中にもこの問題を真面目に考えている人がいることを知って、うれしくなった。5月11日の『ヘラルド朝日』紙にニューヨーク・タイムズのジョン・ティアニー氏(John Tierney)が「自爆テロ」報道の意味を問う論説を書いていた。ティアニー氏はまず、自爆テロがもう「稀な事件」でなくなってしまったと述べ、にもかかわらず、未だにテレビや新聞が自爆テロによる悲惨で残酷なシーン、人々の恐怖や嘆きを詳しく報道することの意味に疑問を投げかけている。そういう恐怖に満ちた報道をしてきたという彼自身の経験から、その意味を問うている所が重要である。彼によれば、どんな自爆テロも、もはや意味は同じだという。「罪のない一般人にこんな残虐な仕打ちをする反対派がいる」ということ以外は、それが伝えるメッセージはもうないというのである。

 現地のジャーナリストは、もっと他の取材をしたいと思いながらも、自爆テロが起こると、上司の指示もあるから現場へ一斉に駆けつけ、同業他社の取材陣と競い合って、残酷で、悲惨で、不条理な事実を克明に記録するのだという。もうやめればいいのにと思いながら、それが何故かできない。そのことが、知らずしらずのうちにテロリストに協力することになる。なぜなら、テロの惨劇が広く報道されることで社会に「恐怖」が広がる。また、それを英雄的行為と考える少数の人々の間には「同調者」が増える。こうしてテロの目的は達成するからだ。

 結局、闇から光を生むことはできない。闇を深く抉れば抉るほど、闇は黒い口をひろげていくのである。だから、世界のジャーナリストよ、もっと明るいニュースを伝えてほしい。テロリストが10人いたら、その1万倍、100万倍の数の人々は、家族のため、社会のため、異民族のため、他宗教のために延々と努力を重ねていることを……。「人は犬に噛みつく」のではなく、「犬は最古の人の友」であることを。

谷口 雅宣

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コメント

本当に毎日不安を掻き立てられるニュースばかり。子供にどう伝えていいのか迷います。
友人はいつも残虐な事件を、報道のたびに事細かに内容を子供に伝えるそうです。用心深くなってほしいからと。
うちの子供も七歳、四歳。渡る世間に鬼はなし、といった感じで危なっかしくもあり、少しその真似をしたほうがいいのかと思っていたところです。
この記事を拝見して、報道に対して用心深くなることのほうが大切かもしれないと思いました。よく考えて見たいと思います。

投稿: 米山 | 2005年5月13日 23:55

米山さん、

お子さんがまだ小さいうちは心配ですね。警告の意味で子供に話すことは必要な場合がありますが、やはり不必要に恐怖をかきたてるような細部の説明は有害だと思います。そして、「1」の悪を話したら「10」の善を加えることがいいと思います。

投稿: 谷口 | 2005年5月14日 14:31

倉山さん、

 5歳の子にニュースを見せるのは、注意が必要ですね。私は子供が小さい頃は、決まった番組と、選んでおいたビデオを見せるようにしていました。小さい子の心は、とても敏感ですから……。

投稿: 谷口 | 2005年5月26日 15:16

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