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2005年5月 3日

ES細胞研究のガイドライン

 生長の家の4つの運動組織の全国大会(5月1~3日)が終了して、ひと息つくことができた。3日目の青年会全国大会では、本欄(4月26日)に書いた動物と人間のキメラの話を引用して、人間が肉体の存続に今後ますます執着を深めていくと、どれほど危ない世界が来るかを訴えた。ES細胞などの専門的な言葉を使ったので、若い人々にどの程度理解してもらえたか定かでないが、現代の科学技術の“気味悪さ”は感じてもらえたと思う。

 その時、触れなかったことがある。それは、アメリカ政府がES細胞などの幹細胞を扱う際の取り決めを制定できないでいる中で、アメリカ科学アカデミー(The U.S. National Academy of Sciences)が最近、独自のガイドラインを発表したことだ。話が細部にわたり、専門的になりすぎると思ったからだ。ES細胞に関する従来からのブッシュ政権の態度は、明白だ。それによると、ES細胞は受精卵を破壊することで初めて研究や利用ができるから、「破壊するために人間の命を作る」ことは倫理的に許されないと考え、すでに存在するES細胞の利用は認めても、新たに作成するものを使った研究には、合衆国政府は補助金を出さない--という方針。しかし、すでに書いたように、政府の補助金なしで行うES細胞の研究は着々と進んでいて、種々のキメラが誕生しつつある。その結果、人間か動物か判別できないような生物が誕生する恐れが増大しつつあった。

 このほどまとまったアメリカ科学アカデミーのガイドラインは、そういう倫理的に混沌とした科学研究の方向性に一定の“枠”をはめたという意味で、意義あるものだろう。ガイドラインでは、研究者はES細胞を人間の受精卵に注入することと、サルやチンパンジーの体内に入れることはできないとしている。これまでは、前者の方法による遺伝子治療が期待されていたが、その選択肢は狭められた。また後者は、人間への臨床試験の一歩手前の実験を行うものだが、今後はそれも難しくなるだろう。ただし、この基準には法的拘束力がないから、違反を承知で行われる研究を止めることはできない。

 上記の2つを除けば、ES細胞の研究は各種の方法が許されることになる。例えば、私が短篇小説「捕獲」と「捕獲2」の中で描いた“人間の脳をもったネズミ”の作成は禁じられていない。また、私が反対している「受精卵や死亡胎児の研究のための利用」は、今後もアメリカでは続けられていくことになるだろう。

 ガイドラインは、その他、以下のことも定めた:①治療目的のクローニングの研究のために卵子の提供を受ける場合、実費以外の徴収を禁じる、②研究室内では、ヒトの受精卵は(中枢神経が形成され始める)14日を越えて培養することができない、③ES細胞研究に従事する研究機関は、個々の研究の是非を判断し、研究過程をモニターする監督委員会を設置する必要がある。①は、卵子が売買の対象となることを防ぐためだろうが、現実に1個50万円前後で売買されているという事実をどう捉えているのか、定かでない。②では、成長する受精卵をどの時点から“人間”と見なすかという一つの基準として、中枢神経系の成立を考えたということだろう。が、この基準と、人工妊娠中絶が可能とされる時期とが大きくズレているから、今後の論議の対象となるかもしれない。③は、当然と言えば当然だが、この件に関して合衆国政府が何も基準を示していないことを考えると、アメリカでは今後も、生命倫理の問題が個々の研究機関の自由裁量に任されていく、との危惧も生まれる。

谷口 雅宣

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