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2005年5月 4日

経済産業省の未来予想

経済産業省が、今後10~30年先の科学技術の進歩を予想する「技術戦略マップ」というのを作ったそうだ。『朝日新聞』が5月4日の紙面で伝えている。大学や企業の現場にいる研究者や専門家300人の意見をもとにしたというが、これを使って政府の補助金を実現可能性の高い分野に集中するというのだから、科学技術の将来に関心がある者としては黙っていられない。

この文書の予想では、家庭で起きる最大の変化は「ロボットの普及」だという。自走式掃除ロボットと、家具や小物を動かすロボットのコンビが掃除を引き受け、体の不自由な人の移動を介護ロボットが助けるという。ちょっと待ってくださいな。介護の必要を減らすために筋肉トレーニングを推奨するという方針は、どこへ行ったのですか? 人間が家庭で、できるだけ筋肉を使わずに生活することが進歩であり、そのために我々の税金を集中的にロボット開発に投入するのですか? そして、介護が必要な状態になったら、介護ロボットを雇うのですか? そういうことを1省庁が決めていいのですか?

予想されているような空前の高齢化社会が到来すれば、この種のロボットの需要が喚起されることは確かにあるだろう。しかし、そういうロボットの費用を支払う原資はどこから来るのだろう。人件費の削減のためのロボット導入でなければ意味がないから当然、介護ロボットは人間による介護の費用より安くならねばならない。また、人間的な側面が欠けた介護ロボットを、将来のお年寄り(つまり、私のような団塊の世代の人間)が歓迎するとの前提がなければならない。私には、その両方の前提が疑わしく感じられる。私だったら、そんなロボットよりもフィリピンあたりから来てくださる血の通った介護人から、彼の地の話を聞いたりしながら晩年を過ごす方がいい。

また、同文書は温暖化ガス対策のことにも触れていて、2015年には、CO2を回収して地中に貯留するための事業が本格化すると予想するが、これにも「オイ、オイ、オイ……」と言いたくなる。経産省であるならば、なぜ「火力発電に代わってクリーンな原子力発電が主流となる」と書かないのだろう。原子力発電はすでに長い実績のある技術だが、地下にCO2を貯留する技術は、まったく実績のない技術である。それを敢えて“希望の星”とするということは、逆に考えれば、監督官庁である経産省も原子力発電を見限ったということか。また、ムラムラと疑問が湧いてくるのは、太陽光や風力などの自然エネルギーの利用について監督官庁はやる気がないのか、ということである。

CO2を地中に貯留するという計画は、現在のような大量のCO2発生源をそのままにして、そこから出るCO2そのものを地下に固定するという考え方だ。これは、自然界の炭素固定機能(つまり、すべての生物)を使わずに、炭素を直接地下に埋める方法だから“効率的”と思われがちだが、私は反対である。理由は、自然からまったく学んでいないからだ。こういう人間中心主義的考え方の延長線上に現在の地球環境問題があるというのに、その“元凶”を温存して問題が解決すると考えるのは、最低限に言っても論理的でない。

最近、アメリカの外交専門誌『Foreign Affairs』に、このCO2の地中固定を推進しろという内容の論文が掲載された。この筆者の言い分は、京都議定書も自然エネルギー利用も原子力発電も温暖化防止には望みが薄いから、この方法で対処する以外にない、だから多額の政府補助を要請する--というものだ。地球環境問題の解決に関して、現在の経産省がそんな投げやりな気持であるとは思いたくないが、業界優先の体質がこれほどだとは知らなかった。

もう一つ気になったのは、この文書では2015年までに、ES細胞の利用による人工的な臓器や組織の移植が、心筋細胞や肝細胞で実用化すると考えている点だ。さらに2025年には、骨などの他の器官も人工培養が可能になるとしている。経済産業省は、まだ生まれぬ生命を大量に犠牲にして、老人の延命治療を行う社会を本気で実現させようとしているのだろうか? 繰り返しになるが、私はそんな社会に生き続けることは御免こうむりたい。

谷口 雅宣

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