« 技術の落し穴 (2) | トップページ | 運転士の心理状態 »

2005年4月26日

人間の脳をもつネズミ

 私の短篇小説集『神を演じる人々』(2003年、日本教文社刊)に書いたことが、本当に実現しそうな様相になってきた。人間の脳をもったネズミを作る計画が進行中なのだ。

 3月12日付のイギリスの新聞『The Telegraph』の伝えるところでは、米カリフォルニア州のスタンフォード大学の癌・幹細胞生物学研究所(Institute of Cancer/Stem Cell Biology)のアーヴィン・ワイズマン教授(Irving Weissman)のグループは、中絶された胎児から採った幹細胞を使って、脳が100%人間の細胞からなるネズミを作る計画を大学に提出し、大学の倫理委員会はこの2月下旬、その計画を承認した。ただし、「もしネズミが人間に似た行動--例えば、記憶の増幅や問題処理能力の向上--を見せたならば、計画を中止する」という条件つきだ。ワイズマン教授は、昨年10月にワシントンで行われた公聴会で、このネズミは他のネズミと変らない行動をするだろうし、もし人間に似た兆候が見えたらすぐに処分すると証言した。

 異種の動物の細胞や器官が混じったものを「キメラ」というが、キメラはすでにいくつも(あるいは何人も)存在する。過去に於いて、ミネソタ州の診療所で人間の血液をもったブタがすでに作られているし、昨年はネバダ大学で肝臓が80%人間のものである移植用のヒツジが作られた。また、ブタの心臓などの臓器を移植した人間の数は多い。ワイズマン博士の研究グループは、すでに人間の脳が1%混じったネズミの作成に成功しているので、第2段階の実験に入ったということだ。目的は、パーキンソン病やアルツハイマー病の治療に幹細胞がどう役立つかを研究するためという。

 この種の科学技術の“暴走”をどこで止めるかの決定は各国の政府に委ねられているものの、なかなか進んでいない。技術の進歩に社会が追いつけないでいるからだ。4月21日付の『ヘラルド朝日』紙によると、カナダは昨年、すべてのキメラの制作を禁止する決定をした。アメリカ合衆国は今年2月、特許事務所からの議会への問い合わせに答える形で、人間とチンパンジーの体を混ぜ合わせた“ヒューマンジー”の特許の申請を却下したという。この特許は、すでに7年前に申請されていたものだ。申請者はニューヨーク医療大学のスチュワート・ニューマン教授(Stuart Newman)で、同教授はこの化け物を実際に作るために申請したのではなく、倫理的には疑問が多いが技術的には可能なこの種の科学的研究について、人々の注意を喚起するためだったという。

 その間に、タフツ大学の生物学者は、乳癌の治療の研究のために人間の乳腺細胞をもったネズミを作成した。また、ネブラスカ州の研究者は、体内に人間の免疫系と肝臓をもったブタを作ろうとしている。特定の患者の臓器をブタの体内で培養し、人間の側で手術が終った後に、ブタの体内の臓器を移植すれば、拒絶反応のない安全な移植が可能になると考えているのだ。

 ところで、前記の私の小説(2002年12月記)では、ES細胞の品質検査のために使われたネズミの胚から、人間の脳をもったネズミが成長する、という設定になっている。時は2005年、場所は北カリフォルニアのUCバークレー(カリフォルニア大学バークレー校)である。小説の主人公は、自分の作ったそのネズミを見て「ネズミの形をした人間」だと考える。しかし、上記のワイズマン教授は、同じものを「人間の脳をもったネズミ」だと考えている。前者の場合は、それを処分すれば殺人になるが、後者の場合はそうならない。さて読者は、どちらと思われるか?

谷口 雅宣

|

« 技術の落し穴 (2) | トップページ | 運転士の心理状態 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 人間の脳をもつネズミ:

« 技術の落し穴 (2) | トップページ | 運転士の心理状態 »