アンカーマンの退場
アメリカのABCニュースの看板アンカーマン、ピーター・ジェニングス氏(66)が、肺ガンにかかっていることをニュースで自ら発表した。かつての張りのある高めの声は消え去り、喉の奥で鉄のビー玉をいくつも転がしているような低い声で、懸命に自分の意志を伝えようとしている姿を見て、私は衝撃を受けた。
私はほぼ毎朝、ABCニュースをNHKの衛星放送で見て1日を始める。そして録画もとる。ここ数日、ピーターの姿が見えないことは気になっていた。録画を過去に遡って確かめてみると、4日ぶりのテレビ登場である。この前に登場した4月2日放送のニュースは、ローマ法王が危険な状態に陥ったということを、バチカンからの報道を交えながらトップニュースでスタジオから伝えていたが、声が震えているのがわかり、私はその時、「ピーターはカトリック教徒か?」と疑ったほどである。彼は、感動的なニュースを報道する際、たまに声を震わせるだけでなく、涙をにじませることもあった。だから今度も、感動のために声が震えているのだとばかり思っていた。しかし、肺ガン、またはその治療の影響で、商売道具の「声」が思うように出なかったに違いない。彼自身がバチカンへ行く予定だったが、行けなかったとの報道があったから、健康状態は相当よくなかったのだ。
彼は、世界的大事件や大イベントがあると現場へ飛んで、そこから報道することで有名だ。香港が中国へ併合された時も、湾岸戦争やイラク戦争の前夜にも現地から報道した。だから今回、ローマ法王の死について自ら現地から語れなかったことは、さぞ残念だったに違いない。今日の放送では、自分が突然テレビから姿を消したことで様々な憶測が流れたことに言及した後、「私は肺ガンにかかっています。ええ、私は煙草を吸っていました。でも、それは20年前のことです。その後、9・11が起こった時、また吸いました。これからも体調がよい時には、またアンカーとして登場するでしょう」と言った。この時、私はニューヨーカー、もしくはニューヨークを仕事場にする人にとって、9・11がどれほど大きな衝撃だったかを、改めて思い知らされた。
私が彼のことを「ピーター」と気安く呼ぶのが気になる人がいるかもしれない。しかし、私にとって彼を「ジェニングス氏」と呼ぶのは、まるで別人のようで違和感がある。彼は20年以上、ABCのアンカーマンをやってきたが、私はその約半分、少なくとも10年間は彼のニュースを見てきた。「見る」だけでなく、シャドウィングという英語の練習をした。これは、聞こえてくる英語に半秒ほど時間を遅らせて、聞こえた通りの英語をオウム返しに言う方法である。それによって hearing と speaking の双方を向上させようというわけだ。この10年間で、私の英語が実際どれほど向上したか心もとないが、しかしどんな人の英語よりも、彼の英語に私が慣れ親しんだことは確かである。だから「ピーター」なのだ。
ところで、煙草好きの皆さんに訴えたい。ぜひ、できるだけ早く、吸うのをやめてください。これは確実に、あなたの寿命を短くします。まだまだ仕事が続けられる年齢時に、声帯を奪ったり、呼吸機能を奪います。ニューヨーカーの進化生物学者、スティーブン・J・グールド博士も煙草のために肺ガンとなり、60歳の若さで亡くなりました。「好きなもののために死ぬんだったら、いいじゃないか」と言わないでください。あなたの死を望まない人は、あなたが知る以上に数が多いかもしれないのです。
谷口 雅宣
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コメント
タバコに関しては十四年前、青年会委員長になったのを機にやめました。それまで一日二箱吸ってましたので、タバコをやめた以後、禁を破って思い切り吸っている夢を二十回位見ました。
自分が変われば世界が変わると言いますが、心なしか私がタバコをやめてから世間全体が禁煙ブームになり、駅やオフィスなどでも喫煙出来る場所がめっきり減って来たような気がします。
英語のシャドウィングですが私もやってみようと思ったことがあるのですが、まずはヒアリングからと思って毎日ヒアリング練習ばかりしています。
でも先生のお話だとシャドウィングは同時にヒアリングの練習にもなるということですので早速やってみたいと思います
投稿: 堀 浩二 | 2005年4月 8日 08:46
堀 さん、
煙草を思い切り吸う夢、まだまだ見ると思いますよ。私の場合は、20回ではすみませんでしたから。最近はさすがに、見ませんが……
投稿: 谷口 | 2005年4月 8日 12:49
私の場合は、タバコを吸い始める「前に」、タバコを吸う夢をよく見ていました。その夢の中の自分をカッコイイと錯覚していたために、ついにタバコを吸うに至ったことを、今でもよく覚えています。
ちなみに私の「タバコ歴」は、大学4年生(H3年)の4/29(←不思議によく覚えています)からの約1ヵ月間だけでした。吸い出してちょうど1ヵ月ほど経ったある日、図書館から出て大学キャンパスの中庭で「ちょっと一服」していると、急に息切れがし出して息苦しくなったので、「もうや~めたッ!」とそのときにスパッとやめてしまったことを、今でもよく覚えています。
投稿: 山中 | 2005年4月11日 06:55
山中さん、
1ヶ月でスパッとやめられたのは、意志が強い証拠ですね。私も大学に入学した後、「あっそうか、煙草吸っていいんだな」と思って、何となく吸い始めたのが運のツキでした。当時は、「煙草はカッコイイ」ということになっていたので、その潮流に完全に乗っていました。
投稿: 谷口 | 2005年4月11日 23:21