法王として飛ぶ?
4月4日の本欄で新しいローマ法王を選ぶコンクラーベのことを書いたが、その時、「名前が上がっている人」として列挙した枢機卿のすべてが見事に外れた。まあ、「誰が選ばれるかは予測しない方が賢明」と書いた通りになったわけだ。メディアに出ている「解説」も、この予想外の選挙結果が、今後のローマ・カトリック教会、ひいては世界のキリスト教全体にどのような影響を与えるかについて喧しい。今回は、21日付の『ヘラルド朝日』紙のいくつかの解説記事から、その様子をお伝えする。
今日のカトリック教会はヨーロッパで衰退し、ラテン・アメリカやアフリカで発展していると書いたが、この現状を前提にして今回の選挙結果を見ると、「途上国での発展をさらに伸ばす」というよりは、「ヨーロッパでの衰退を食い止める」との意気込みが感じられる。新法王、ベネディクト16世はヨハネ・パウロ2世の側近中の側近で、しかもドイツ人。バチカンの内部事情に通暁しているだけでなく、かなり思い切った人事も行ってきたという。カトリック教会の伝統的な教えに忠実で、一部に“カトリック原理主義”との表現も見られる。新法王は、以前からヨーロッパや北アメリカの状況を「攻撃的な世俗主義」が拡大していると見て危険視していた。今回、コンクラーベが始まる直前の説教でも、彼は他の教派のことを「漠然とした宗教的神秘主義」とか「融合主義」とか「新教派」と呼んで警戒していたそうだ。だから、今後もカトリック教会の優越性を主張する可能性が高いという見方がある。
が、その一方で、ベネディクト16世は、法王となった最初のミサで、キリスト教会の結束と他の宗教との対話を訴えた。自分の第一の仕事は「すべてのイエスの信仰者の間の、例外のない、目に見える結束」(full and visible unity of all the followers of Christ)を実現することだと言い、「世界教会主義を根本目標として推進する」(to promote the fundamental cause of ecumenism)ことを宣言した。そして、他の宗教に対しては、「開かれた誠意ある対話」(an open and sincere dialogue)を継続するとも述べた。法王となる前の彼の生き方が、伝えられている通りのものならば、少し失礼な表現だが、“ひと皮むけた”と言うべきなのか……。
人間は責任ある地位につくと、以前とは人が変わることがある、とはよく言われることだ。が、新法王は旧法王の側近で、教義判釈という重要な仕事をしていたから、責任のない地位にいたわけではない。今回、カトリック教会の頂点に立ったことで、以前の自分からどれほど高く飛翔できるか--“部外者”としては、そういう期待を込めながら、とりあえずは「お手並み拝見」と傍観するほかないのかもしれない。
谷口 雅宣
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